緊急事態宣言も解除されたので、私もお散歩再開することにしました。
今回は久しぶりの都心ということで、東京は文京区、茗荷谷から護国寺へと散歩してきました。
都民じゃないと場所が分かりにくいかもしれませんね。
このあたりですね。
都の西北、池袋の右下あたりです。
池袋から丸ノ内線で2つ目の駅である茗荷谷駅と、こちらも池袋から有楽町線で2つ目の駅である護国寺駅の近辺を散歩します。
茗荷谷駅(みょうがだにえき)は地下鉄丸ノ内線の駅ですが、駅自体は地上にあります。
武蔵野台地の東縁部にあたり、土地の起伏があるため、地下鉄もこのあたりでいったん地上へ顔を出すことになります。
このあたりは文京区になりますが、区内は5つの台地に分かれているため、あちこちに坂のある街になっています。
まずは、地図を見て気になっていた簸川(ひかわ)神社へ向かいます。
小石川植物園のすぐ隣にある神社です。
御祭神は素戔嗚命、稲田姫命、大己貴命です。
創建は古く、西暦437年。元は小石川植物園のところにあり、1699年に現在の地に移転したとのこと。巣鴨の鎮守として定められたとあります。
以前の社号は氷川でしたが、大正時代に神主さんが神社の由緒は出雲の簸川にあるとして、現在の社号になったようです。
「明るい日本」という石碑がありました。
階段手すりの「ドン白粉本舗」も気になりますね…。
あとで調べてみたら、この近辺にあった化粧品の工場のようです。この神社に寄進したのでしょうね。
さて、階段を上っていくと、左手に本殿があります。
茅の輪が設けられていました。手順通りに茅の輪をくぐってから参拝しました。
境内には神楽殿もありました。
比較的最近に出来た感じですね。
この簸川神社の隣には小石川植物園があります。
江戸幕府によって開園された小石川御薬園が前身の日本最古の植物園で、約16万㎡の広大な敷地に約4,000種の植物が栽培されています。
東京大学の附属施設となり、今では一般公開されています。
園内の公開は再開されているはずですが、こちらの門は閉ざされ臨時休園の札が掛けられたままでした。
外から見るだけでも緑豊かで、10月に入ったのにセミの鳴き声が聞こえてきました。暑い…。
小石川植物園はまた今度の機会ということで、ここから茗荷谷駅方向へ足を向けます。
緑深い街並みになります。ここだけ見ると都心とは思えませんね。
坂を登りきると分かるのですが、この緑深いところに何があるかというと、筑波大学の東京キャンパスがあるんですね。
放送大学の看板も並んでいるのは、学習センターが建物内にあるためのようです。
そしてその隣に教育の森公園があります。
この公園は元は東京教育大学のキャンパスでしたが、閉校した後の用地を文京区が公園としたとのこと。
東京教育大学は、筑波大学の開校とともに閉校となったことから、半分を筑波大学東京キャンパス、半分を公園にしたという感じなのでしょうか。
それほど広くはありませんが、近隣住民の憩いの場となっているようでこの日も人が多く、フリスビーなど楽しんでいる人もいて、いかにも休日の公園といった感じでした。
この教育の森公園の中を進んでいくと、占春園(せんしゅんえん)という庭園があります。
徳川光圀の異母弟、松平頼元が1659年に上屋敷を構えた庭園の名残りだそうです。
園内に進むと、それまでの賑やかな公園の雰囲気とは変わって、ひっそりとした庭園になっていました。
園内には池もあり、周りは緑に包まれていました。
近くの筑波大附属小学校の生徒が自然を学ぶのに利用されているようで、あちらこちらに筑波大附属小学校の看板がありました。
ただ、自然が豊かなせいかヘビも出るようで、注意看板もありました…。
公園を出て茗荷谷駅を過ぎ、西へ向かいます。
文京区というだけあって、学校が多い街です。
この近辺も拓殖大学、御茶ノ水女子大学、跡見学園女子大学などがあります。日曜なので学生さんはチラホラといた程度ですが、平日だと賑やかなんでしょうね。
御茶ノ水女子大学の脇を通り、護国寺駅方面へ向かいました。
長くなったので、護国寺は次回にします。