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砥鹿大菩薩御縁起 私註

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  • starai
  • 2019/11/05 04:52

 三河国一宮である砥鹿神社の縁起が、竹取物語と東三河地域の関わりについて多くの示唆を与えてくれるので、ここで考察してみたい。本文については三河国一宮砥鹿神社誌をご参照いただきたい。


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 本稿は、砥鹿神社蔵「三河国一宮砥鹿神社大菩薩御縁起」天正二年写本(以下「本縁起」) 景院・本国・書き下し・現代語訳(以下「本書」)に基づいた研究である。

 本書の解題によると、本縁起は砥鹿神社の由緒について記したものだが、その成立年代は明らかではなく、書写は奥書によると草鹿斗利業・延光らの求めにより、天正二年(1574)七月に御津山大恩寺の僧明窓によってなされたものとされている。


 

 それでは冒頭部分から見てゆきたい。

 正史における砥鹿神社の初出は「日本文徳天皇実録」であるが、本縁起では大宝年中に文武天皇の御願所であったとの記述から始まっており、正史には記載されていないが、文武天皇との深いつながりがあったことが示唆されている。記紀がそれほど広く知られてはいなかったとしても、記紀に続く正史である続日本紀の最初の天皇である文武天皇とのかかわりで本縁起が書き起こされていることは重要であるといえる。

 さて、本縁起は、文武天皇の御病気に関して、夢のお告げの記述から始まる。ここに出てくる設楽郡は延喜年間の成立とされ、大宝年間には存在しなかったと考えられるので、少なくともお告げの部分については平安中期以降の成立だと考えられる。

 冒頭では夢のお告げという記述だけであるのに、それに続く部分で夢のお告げと神託という二つが出てくることに関しては、神託というものが大きな政治問題となった宇佐八幡神託事件とのかかわりで考える必要があるだろう。つまり、在地では、夢のお告げの伝承が圧倒的に強いが、そこに神託というものを紛れ込ませることで、夢のお告げと神託が同一であるという印象の操作がなされているとも解釈できる。宇佐八幡神託事件は、上記続日本紀の多くを占める平城京の奈良時代に終焉をもたらしたともいえる大事件であり、その示唆するところは考慮に入れる必要がある。

 さて、三河の国が非常にみすぼらしく描かれているというのがこの縁起の一つの特徴であるといえるが、この点については後に公宣卿が帝に報告する際に、三河への道のりが繰り返しで書かれていることに注目したい。この繰り返し部分ではみすぼらしいのが三河への道のり、ということになっており、ここにおける微妙な違いには重要な示唆がありそう。また、もう一つ気になるのは浅間敷という表現であり、これは、東路という表現からも、三河から東に向かった浅間信仰の地のことを示唆している可能性もある。つまり、本縁起を残すために、浅間信仰を下に見、そのかかわりを切り離した、すなわち都から見た東国諸勢力の分断の痕跡というものが見て取れるのかもしれない。これは、コノハナサクヤビメとイワナガビメの逸話にもつながりそうだ。イワナガビメは単独で祀られていることはあまりないが、雲見浅間神社(静岡県賀茂郡松崎町)や大室山浅間神社(静岡県伊東市)では単独で祀られている。これはどちらも伊豆半島にある神社である。伊豆がイワナガビメにかかわる地であったとすると、そこへ向けて東路をし、その様子を浅間敷と表現したのかもしれない。「竹取物語と東三河」[1]では、万葉集の歌から三河と伊豆の関係について考察している。


 

 勅使の目的地である煙巌山がどこなのかというのは問題ではあるが、江戸期に成立した鳳来寺の諸縁起[2]ではいわゆる鳳来寺山が煙巖山だということになっている。鳳来寺山という名を使っていないということは、その山がもともと鳳来寺山を示しているのか、それとも鳳来寺の縁起がその由来を砥鹿神社の縁起に求めただけで鳳来寺山とは別の山であるという、二つの可能性がある。その後の旅程を見てみると、山をいくつも超えたかなりの山中にあるが、それでも海が見え、そしてそれが果てしなく広がっているという記述からは、設楽郡の可能性はかなり低そうな印象を受ける。さらに西側に大小の山々が険しそうに連なっているという表現からは、三河と考えるのは少し難しく、この部分は後にどこかほかのところの話を持ってきたのでは、という印象は受ける。この辺りは鳳来寺の縁起としっかり突き合せる必要がありそうだ。

 また、勝岳仙人というのは、鳳来寺の伝承で伝わる利修仙人という名とは明らかに異なる名前でありそこはさらに検討の余地がある。この辺りは、本縁起が書写された当時の神官である草鹿斗利業という人物に注目して考える必要がありそう。利の字は美濃斎藤氏の通字として知られており、また後には加賀前田家の通字として知られる。三河から美濃、加賀に至る中部山岳地帯は、菊理姫信仰に基づく、白山の修験道が盛んである。同じく勅使にかかわる言い伝えが残る勅養寺にはその勅使と絡んで菊の御紋についての由来が盛り込まれている。これらの菊にかかわる事柄は菊理姫とかかわる可能性が考えられる。ここにおける山岳部の記述はその修験道とのかかわりを抜きにしては考えられなさそう。また、本文中に出てくる利々という表現や鳳来寺に伝わる利修仙人の利の字も、この関係を裏付けそう。なお、利修という字は慶安元(1646)年に理趣から帰られた[3]、との記録も残っている。その記録が事実ならば、理趣という真言系の言葉から利修という天台系と考えられる利の字を用いた名に代わっているということで、大変興味深い。


 

 東方からの薬師如来の化身という表現は、勝岳仙人が本当に東方から来たのか、それとも薬師が東方を担当することからの言葉の綾なのかという二つの可能性を含んでいる。先ほどの浅間信仰とのかかわりで考えると、東国勢力が薬師信仰を奉じて勝岳仙人を支持していたということも考えられる。ただ、薬師信仰の広がりが、後に見るように国分寺の展開と軌を同じくしているのならば、国分寺以前に東方に薬師信仰があったということと矛盾が生じる。また、三鬼の存在は、煙巖山鳳来寺旧記にも出てくる話であるので、それと対照しながら検討する必要がある。これも、鳳来寺の縁起と砥鹿神社の縁起が密接にかかわっていることの証拠だといえる。鳳来寺の本尊が薬師如来であることを考えると、この部分は鳳来寺に伝わっていた由来を参照した可能性もある。


 

 優婆塞、優婆夷の記述がもとからのものであるとすると、国分寺建立の詔のはるか以前から在家の仏教信者がいたことを示す重要な表現であり、当地における仏教の早期からの深い浸透ぶりがうかがわれる。

 また、蔵子という律令制度の官名が出てくるということは、大宝律令の施行後わずか1年かそこらでそれが三河に広まったことを示唆しており、それはいかに三河が先進地域であったのかを示すもので、先にみすぼらしく描かれた三河とは大きな対照をなしている。

国分寺建立の詔につながる話が、ここに薬師如来の供養のためとして出ているのは非常に興味深い。それは、三河に仏教の基礎があり、それに基づいて全国に国分寺を作ることになったという話であり、天正期の書写でそのような記録がそのまま記載、あるいは書き直しであったらなおさら、非常に興味深い記述であるといえる。国分寺の本尊というのは明らかにはなっていないが、現在各地の国分寺に残っている仏像の中で、薬師如来は飛びぬけて多く[4]、その事実とこの記述を重ね合わせると、現実との一致という点で信憑性が大きく増す。

 三河の国が二龍が吐いた水滴からできた国だというのも興味深い記述である。豊川にあてはめて考えれば、それは宇連川と寒狭川ということになりそうで、豊川が龍の川であったというのは、この地域に龍のつく寺院が多いことから考えても大いにありうる話である。

 二度目の老翁とのやり取りも示唆に富む。まず、「日本は栗粒を散らしたかのような最果ての小国のようなものだが」、と日本を貶めておいて、和歌で神の初めの神であると言っている。この複雑な言動をどう考えるか、ということだが、それはもしかしたら日本という国号に関するものではないかと感じる。つまり、老翁にとってはヤマトあるいはワというものこそが自らの国号であり、日本というのは別のものである、という旧唐書の記述からも裏付けられる認識を持っており、それに基づいて日本を貶め、和歌で返答したのでは、という可能性が考えられる。唐の時代はまさに文武天皇から奈良時代に至る時期であり、時期的に整合する。

 また、この和歌の内容は、この老翁が砥鹿神社の主祭神である大己貴命であることを示唆しており、そしてその老翁が衣を流したというのは、養蚕技術、あるいは機織りの技術を人々に伝えたということを示唆しているようにも解釈できる。本宮山のふもとに服織神社や犬頭神社という機織りにかかわる神社が残っていることと合わせて興味深い逸話である。

 三河の国の由来が三つの川が流れ出ることによるというのは、伝本間に異同があるということで、当地においてもその是非について合意がなかったことを示しているとはいえ、一つの説としては大変興味深いものであるといえる。これは、本宮山の裏にある作手地区に豊川、矢作川、男川という三河を代表する三河川の源流がすべてそろっていることを指していると考えられる。


 

 全体として、前半部分の公宣公が実際に行った部分の記述というのは、国王に従うべきとの教訓めいた話が強調されていることから、恐らく中央権力の力によって後世に付け加えられた話だといえる。特に、一番古い奥書を持つ松源院縁起が、その後半部分の二度目の訪問の事しか記載していないことを考えると、砥鹿神社としての一番重要な伝承はこの二度目の訪問であり、そしてそこには煙巖山で勝岳仙人に会う話はなく、道中の話のみしか出てこないということは注目すべきだろう。つまり、砥鹿神社としての伝承を残す代りに、国王という恐らく古代には使われず室町期くらいに使われ始めたと考えられる表現を受け入れた、ということがあるのだろうと想定される。

 松源院縁起に草鹿砥公宣という名が出てこないことも考え合わせ、本縁起に名の出てくる草鹿斗利業・延光という人物深くかかわっているということは先に述べた利の字のかかわりからも十分に想像される。一方で、延光のノブという音は公宣と通じるもので、その宣の字は宣命に通じるものであり、神とのやり取りとかかわる重要な意味を持っていた可能性がある。つまり、本縁起の利業・延光という名は、山岳信仰の利と神に対する言葉にかかわるノブという名が合わさった可能性がある。これは、鳳来寺で白山信仰に基づく天台系と、真言を重視する真言系の二宗派が両立していたことも関係しそうで、この両派の手打ちとして本縁起が成立したことを示唆しているのかもしれない。


 

 このように、本縁起に含まれる内容は非常に多くの示唆を持ち、今後さらなる研究によって、砥鹿神社のみならず、地域全体の歴史が明らかになることが期待される。


 

 本稿は、砥鹿神社祭務部長小田島丈夫様の御協力・御助言の下に書き上げられたものであり、末筆ながら感謝の意を示したい。

(平成30年10月5日稿了)

(令和元年7月28日加筆修正)

 

文献目録

1. 竹取物語と東三河. 尾嵜悌之. 58, 豊橋 : これから出版, 2018.

2. 愛知県郷土資料刊行会. 三州鳳来寺山文献集成(上). 名古屋市 : 愛知県郷土資料刊行会, 2002.

3. 鳳来町教育委員会. 鳳来町誌. 豊橋 : 水鳥印刷所, 2005.

4. 北倉庄一. 『歴史と道』の探索 ~なぞ・何故シリーズ~ 3. 国分寺のなぞ. 街道を尋ねて . [Online] [Cited: 18 9 2018.] http://www.telecom-tribune.com/kitakuraHP/tansaku/03.html.


 

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