では、こうした観点から、コーチャンが述べている大庭オプションから全日空のトライスター購入までの話、則ちコーチャンが言うところの三つの陰謀なるものをもう少し検討してみたい。
最初の陰謀である大庭オプションについてだが、全日空ルートと捜査の進展から見るさまざまな思惑2 ー 全日空において大まかには述べたが、そこに訂正と補足などを加えて議論したい。まず、YS11で国際線に打って出る、と書いたが、それはそれで間違いないのだろうが、YS11は座席数が60程度しかなく、まさにチャーター機程度での運用しかできないし、航続距離も1200kmという事で、飛べる範囲も非常に限定的であった。チャーター機であっても本格的な国際線運用をするためには、ボーイング707かDC-8が必要であったということがある。トライスターも5000kmの航続距離ということで、ハワイで一旦着陸しないとアメリカ本土まではたどり着けなかった。その点で、これはまさに政府の政策次第なのだが、45/47体制確立以前に、全日空が日航と互角にやり合う飛行機会社を目指すのだったら、それはアメリカ本土までノンストップで飛べるDC-10しか選択肢はなかったと言える、日航が先行導入していたボーイング747は結局カタログ通りの航続距離が出ないために、ハワイ線の運行にしか使えなかったからだ。だから、大庭がDC-10を最優先に考えていたのは当然のことだと言える。一方で、三井物産経由でオーダーされたというDC-10機材は、おそらく日航向けではなかったかと思われる。ボーイング747がカタログ通りではなかったという事で、日航としても実績のあるダグラスで長距離線の運航をしようというのは当然の選択であり、そして貿易黒字の解消という政治的テーマがのしかかる中で、早く切り替えるのならば、使い慣れたDCシリーズで、という希望はあったのだろう。コーチャンは日航がエアバス購入計画を放棄したといっているが、そうではなくて中途半端な航続距離と座席数しかないトライスターは、少なくとの日航の選考からは外れた、という事なのだろう。(なお、Exit Limitを見るとDC-10とほぼ同じサイズのようです。)。そして、大庭は国会証言において、機種をそろえて、という話があったとも言っているので、日航がDC-10のプランで進んでいるのならば、全日空もそれに倣う、というのが、少なくとも45/47体制以前には政治的な方針であったのだと考えられる。
コーチャンの選定遅らせ作戦とは、このような既定のDC-10独占路線に風穴を開けようというものであり、とは言っても、コーチャン自身がそれを行うのに何らかの主体的な手段を持っていたとは思えず、それは日本国内の政治情勢頼みのものであったと言えそう。コーチャンの思惑3では、大型機選定を遅らせることでのロッキードから全日空への献金はあり得ない、と書いたが、この時点に限っていうのならば、もしかしたら、運輸大臣の橋本登美三郎に対して小佐野経由で献金をしているという可能性はあるかもしれないが、45年11月の閣議了解では大型ジェット化導入促進が謳われており、仮に献金していたとしても、効果はなかったことを示している。あったとしたら、全日空への国際線への参入がチャーター機に止められたことで、長距離用の機材であるDC-10の優位性が弱まったという事位だろう。この時点では大庭社長は既に退任しており、若狭体制となっていて、日航支配からの脱却ということでトライスター路線が固まりつつあったのかもしれない。いずれにしても、大庭退陣によって早期のエアバス導入はなくなり、コーチャンが作戦と呼べるようなものを展開する余地はほとんどなかったと言えるのだ。
続いて第二の陰謀、日航のトライスター導入の動きについてだが、それは、小佐野情報により、①日本政府は、国内の二大航空会社(日航と全日空)が、ロッキード、ボーイング、マクダネル/ダグラスの米3社のエアバスをそれぞれ購入すべきだと決定する。②日本政府は(A)我が国で最も名声があり多数の航空機を発注するとみられる日航が、ロッキード社に注文することを強く希望する(B)ダグラス社にも機会を与えるため、機数は少なくなるが全日空がDC-10型機を購入するものとする(C)ボーイング社に機会を与えるため、日航がボーイング747ジャンボ機を追加発注することを承認する、という内容が伝わったという事だった。これに対するコーチャンのコメントは余りに的外れで、とてもではないがコーチャン本人のものとは思えない。仮にコーチャンが本当にそれを言ったのだとしたら、まさにそれこそがコーチャンの陰謀だと言ってよいだろう。
まず、日航がボーイングの747SRを導入することが常識になっているということだが、SRというのはショートレンジ、まさに国内線向けの機材であり、それを国際線用に購入するというのは明らかにミスリード。これは悪意がなければ出てこない発言であろう。すでに書いたとおり、日航はずっとダグラスを使っており、確かに44年にボーイング747を入れたが、それは結局カタログを満たしていなかったということで、短期的に747をしかもおそらく長い滑走路を必要とするだろうに、国内線向けに導入するなどという可能性はみじんもないと言ってよい。確かにこの小佐野情報の翌年から747SRが導入されているのだが、それは日本市場向けに世界初の500席を無理に詰め込んだ機材だった。日航はローンチカスタマーだったのにもかかわらず、7機しか導入せず、その後は全日空が17機導入して引き継いだようだ。それを見てもいかに日航が747SR導入に及び腰だったかがわかる。それを知ってか知らずか、このような事を恥ずかしげもなく出版物にて公開するというのは、コーチャンという人物の人物像を明らかにする物として大きな手がかりとなろう。
さらに、日航がトライスターを導入しない理由としてロールス・ロイスのエンジンが好ましくないという全くの責任転嫁をしている。ロールス・ロイスRB211の特徴として3軸の軸流式圧縮機、つまりターボエンジンを採用しているということがある。確かにこれは技術的には複雑なので不安であるということはあるのだろうが、多軸式は“エンジン前方の低圧圧縮機が後方の高圧圧縮機よりも低回転になることでサージングを防ぎ易い点にある。また同じ理由で圧縮効率が上がり、段数の削減が可能になり、全長が短縮、軽量化され、燃費も向上する。特に離着陸等の低速時にはこの効果が大きく、滑走距離の短縮にも効果を持つ。(Wikipedia 多軸式圧縮機より)”という事で、燃費面や、何よりも滑走距離の短縮というのは国内線にとっては重要なテーマであり、それを理由に採用を見送るということはあり得ない。自社で採用したエンジンの特性を理解することなく、あまつさえそれを責任転嫁の対象にするとは、営業マンとして無能を通り越している。
最後に第三の陰謀として、全日空の機種決定の時に佐々木運輸大臣が海外出張中であったという事が挙げられている。そしてその前後に中曽根通産大臣の力添えがあったことが記されている。これは政治的なテーマなので深入りは避けたいが、献金の宛先に上がっていない中曽根の名を出すことで、この献金が自らの意志によるものではなく、全日空からの依頼によるものだ、というアリバイ工作をしたものだと考えられる。そして、受託収賄の対象となるのは、民間機の機種選定にどこまで職務権限が及ぶのかはわからないが、いずれにしても管轄の佐々木運輸大臣であり、中曽根は仮に献金が明るみに出たとしても政治資金規正法違反止まりということになる。これは、コーチャンが慎重に念を入れた贈賄疑惑からの防波堤であると考えられる。
*飛行機機材等について、何ら専門知識のない私にとってはかなり複雑な内容であり、間違いがある可能性は全く否定できません。内容に関しては各自で裏をとって頂くことをおすすめします。また、間違い等ありましたら、是非コメント欄からでもお知らせ頂けたら幸いです。
参考文献
「ロッキード売り込み作戦」 A.C.コーチャン 朝日新聞社
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