Twitterのタイムラインに「分散が重要なことが分かった」というツイートが流れてきました。
どうやらパブリックチェーンのノードの話ではなさそうです。組織論的な文脈のツイートでした。
であれば、それは危ない考えなんじゃないかなぁと思った次第です。
何でもかんでも分散が最強ではない、という話をします。
二つに分けて説明していきたいと思います。
1)世の中は分業で成り立っている
2)分散を図ることに経済合理性は必要
1)世の中は分業で成り立っている
まずはこちらから。
世の中はどうやら分業が進んでいるようです。それにより社会が発展したんだそうです。
大工さんは大工仕事に集中してますし、漁師さんは魚を獲ることに集中しています。
これが分散を大事にした社会、非中央集権的な社会だとどうでしょう?
それぞれの個がまんべんなく一通りの事をこなせなくてはならないのです。
一人の人が、衣食住を作り、それぞれのバラエティを持たせるのであれば野菜も魚も肉も作り、獲り、洗濯も食事も作り。子供がいれば子育てもし,,,etc。
「それは極端だ」と。
では、現在のビジネス環境に置き換えてみましょう。
一人で経営計画を定め、予算を頭の中で良いので計画し、営業をし、時には経理も総務も担い、etc。
「いやいや、一人起業や個人事業主ならバックオフィスをアウトソーシングするのが今のやり方だよ」と。
それこそがまさに分業ですよ?
いかがでしょう。今の社会は分業をし、それぞれの仕事を得意な人が行い、お金を介して財やサービスを交換するから発展したのですね。
逆に言えば、分散(非中央集権)社会は個人の自立を意味し、個人に何でもできる能力を求める事になります。
2)分散を図ることに経済合理性は必要
では、仮想通貨の世界で分散が良しとされているのはなぜなのか。
それは、「分散が権力の集中を防ぐからであり、経済的に実行可能だから」だと、私は認識しています。
権力が集中すると何がいけないのかというと
・権力者の好き勝手にされる
・権力者が攻撃に屈したときがその社会が崩れるとき
「じゃあ、やっぱり分散は良いんじゃないかい?我々も完璧な能力を獲得できるように頑張ろうよ」
それも一つの考え方です。
実際、工場の世界では多能工という考えがあります。
文字通り、あの作業もこの作業もこなせる工員の方の事です。
中小企業ではバックオフィスを実際に極少ない人数で回しています。「一人経理」という言葉もあるようです。人事も経理も総務も何もかも一人でやるところもあります。
「良いじゃない!多能工がいれば緊急時に対応できそうだし、一人でバックオフィスを回すのってスーパーマンみたいでカッコイイ」
いやいや。
多能工を育てるのには時間がかかります。多能工がいる必然性は、他の工程で人手が足らなくなったというアクシデントの時ですから、基本その能力は無駄に終わります。
中小企業のバックオフィスであれもこれもやった人は、いろいろな経験をした人と言えるかもしれません。一方でそれは「一人でもなんとかなる仕事」をした器用貧乏と言えるかもしれません。
大企業や官公庁では細かく分業をしてるわけです。それを一人一人が精魂込めて仕事して何とか乗り切っています。
それぞれの分野で、同じだけの技量があると思いますか?
その分業された仕事をこなした人員と同じ技量をすべての分野で身に着けるのにどれだけのコストがかかるでしょうか?
そのコストを費やした従業員はその組織(この場合は会社、中小企業)に必要ですか?
仮想通貨の世界で、ノードは機械(=PC、ですよねー)であり、能力を持て余しても目をつぶることができる、採算がとれる状態です。
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投資や戦略の世界で「分散」が良しとされることもあれば「選択と集中」が良しとされることもあります。
どちらが正解だったかは結果が出てみるまでわかりません。
(概ね、資本が少ない場合は集中を、多い場合は分散を志向した方がよさそうです)
外部環境の変化のスピードにも着目する必要があります。
変化が少ないときには分業を確立し、画一的な方向付けをした方が良いでしょうし、変化が激しい場合は無駄になるかもしれなくても個の能力の充実を図り、組織編成自体も変えやすいものにした方がよさそうです。
これは、安定している時期には集中(中央集権化)した方が良く、変化している時期には分散(非中央集権化)した方が良いという事になります。
「じゃぁ、今は変化の時だからやっぱり分散じゃない?」
違うんです。今、世の中は変化の激しい時期だと、私も思います。
しかしそれは全体を俯瞰して見た結論としてです。
2018/10/26時点のある学校を見て、その学校はどういう学校か判断できますか?
きっと大まかな傾向はあると思います。校風というものがありますから。
しかし、きっと生徒によって違いますし、同じ生徒であっても時期によって違うと思うのです。
今の世の中も、きっと分散して良い場所とタイミングがあれば、集中すべき場所とタイミングがあるのではないでしょうか?
そしてそれはゼロとイチではなくって、混ざり合っている状態で、手探りしながらバランスを取っていくものなんじゃないかなぁ?と思います。
ではでは
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