前回投稿の”鎖国先進国:日本再復活のチャンス”で記した、日本の良さの1つである仲間意識についての続編です。
"Why Japanese People!"と叫んでいた米国人芸人のこの言葉で、思い出したことがあります。英語で各国の人を呼ぶ場合、何故日本人だけ"Japanese"と複数形にするかという素朴な疑問を抱いた人がいました。例えば米国人は”American"、以下、”English man”、”German"、”French"、”Spanish"、”Italian"、”Russian"、”Canadian"、”Mexican"、などなど。昭和世代の筆者は、周囲の情報から勝手に、日本人は集団でしか行動できない民族であると欧米人からみられているので、複数形で呼ばれたと理解していました。言い換えれば欧米人のように個人では何もできないと。しかし前回の投稿で記しましたが、仲間意識を持ち集団で行動した結果が、”Japan As Number 1”と言われるまで成長したことは事実として素直に受け止め、集団について再認識すべきではないかと思い始めました。その思いで様々な事例を集めてみた結果、集団には現代科学を超えた秘めたる力が存在するようです。そして近未来のAI社会に生き残るには、集団意識が必須ではと思っています。
まず2つのタイプの民族があると一般的に言われています。狩猟民族の欧米人と農耕民族のアジア人です。当然狩りは個人の能力重視ですが、農耕は仲間全体の能力重視です。したがって狩り民族は個人の間での競争となり、農耕は仲間と協力しながら自然と向き合う共存となります。欧米人が何時頃から、我々を”Japanese"と呼び始めたのはわかりませんが、日本の農耕社会をみてからではと想像しましたが、不思議なのは農耕民族の他の多くのアジア民族も単数形です(Malaysian, Thai-lander, Indian, Cambodian, Korean,)何か別な理由かもしれません。以下”集団”がもたらす様々な不思議な力を列挙します。専門家ではないので不正確な記述があると思いますが、ご容赦ください。
1)魚のイワシの群れが、クジラなどの敵に遭遇した時、その群れが敵に対抗する為に突如として巨大な魚の形を形成する。数万匹のイワシがどのようにお互い連携しているのか。形を維持したまま一糸乱れず振舞うのは、自分の位置と役割を瞬時に把握し、そして大勢の仲間との何らかのコミュニケーションが不可欠です。
2)生命が生まれる時は一つの細胞から分裂して最終的に生物の形になります。それぞれの細胞は初期段階では全く同じコピーの分裂であったものが、ある時を境に、それぞれ全く違う部位(例えば腕、足、頭、など)を形成する為に変貌する。細胞間での何らかのやり取りが必須です。
3)数年前までTV放映していた米国の科学番組で、非常に興味深い実験がありました。米国のある科学者が”集団の秘めたる力”を計測したという内容でした。実験は正確に50%の確率で右と左に分かれる電子(であったと記憶しています)の振る舞いの計測をする内容です。まずその通常状態を現在考えられているあらゆる影響要因を遮断できるぶ厚い鉛のケースに入れた実験装置を作成。その実験場所から数百キロ離れた米国のある地域で毎年数万人が集まる祭りが開催されるので、その実験日にその集団全員にあることを同時に大声で(または念ずる?)発してほしいとお願いした。なんとその結果、実施したほぼ同時刻に50%が少しずれたとのことです。更に不思議なことに、発する前の時間からそのずれが起こり始めたとのことです。この科学番組には世界の有名大学教授、研究者が出て、毎週放映されていましたので、いい加減な内容ではないと感じていました。
4)同科学番組で他にも様々な興味深い内容のものが紹介されていました。素粒子の不思議なふるまいの紹介では、離れた素粒子間での瞬間に情報伝達されている模様。また暗黒物質(Dark Matter)の紹介では、全宇宙が保持しているエネルギーの80%はまだ解明されていないので、暗黒物質の存在の仮説を唱えている。これらは常に我々の周りにも身近に存在しているが、それを単に感じていないのでは。もしくは感じる力が無くなったのでは。
5)上記の事例をすべて大局的に感じとっていたのではと思われる話:曹洞宗開祖の道元禅師曰く、”すべての物に仏性(仏の心)がある”。すべての物とは、あらゆる物で、例えば道端の小石でも我々人間とも、何かでつながっていることを暗示しています。蛇足ですが、欧米のある素粒子科学者はその研究を突き詰めれば詰めるほど、何故か宗教的にならざるを得ないと告白していたと聞いたことがあります。またある宇宙科学者が南米のある部族の長老と会った時に、その部族の信仰は宇宙とリンクしているようであったので、科学者が長老に、宇宙はどのようにしてできたのかと尋ねたところ、即座に、何もないところから生まれたと昔から言い伝えられてきた、と答えた。彼らはすでにビッグバンを知っていたのではとびっくりしたそうです。
これらの未知の力、現象は将来解明されるかもしれませんが、最後に前投稿でご紹介した日下公人氏が別のご著書で言われていたことを思い出しました。「”日本人は何故他国の人に対しても親切にするのか”という外人の問いに、答えがないのが良い」。理由を問われて返答できないということは、説明できることではなく、感じ取ることであるということで、日本人はそのDNAを強く持っているはずです。それを再認識し鍛え直しましょう! 今後予想されているAI時代(シンギュラリティと呼ばれる、AIが人間の能力を超える)に生き残るには、五感を鍛えた集団のみかもしれません。
AIから”Why Human Being?"と呼ばれないように。。。