我々の年代にとっては若い人の言う「大丈夫」があんまり大丈夫ではないのです。どれもこれもなんだかとても気持ち悪いのです。ま、それはことばの意味や使い方が変わってきているということであって、決して今の若い人たちが悪いということではないのですが。
我々の世代からしてみたら、「大丈夫」というのはあまり大丈夫ではない局面で使うことばでした。つまり、
顔色が悪いけど大丈夫?
熱があるのに出かけて大丈夫?
仕事の負担が重すぎるように見えるんだけど、大丈夫?
そんなとこにひとりで乗り込んで大丈夫?
失業中なのに結婚なんかして大丈夫なのか?
山に行くのにそんな軽装で大丈夫なの?
等々、あんまり大丈夫に見えない人に言うのが「大丈夫?」なわけです。
それに対して「大丈夫!」と返すのは、「そんな風に見えるかもしれないけれど、ちゃんと考えている(手は打ってある)ので心配はいりません」あるいは「傍から見るほどひどい状態ではないので心配いりません」というニュアンスであって、こちらでは打ち消してはいるけれど、やっぱり大丈夫っぽくない状況で使う単語なのです。
随分前ですが、食堂で注文をしたら「○○定食のほうで大丈夫だったでしょうか?」と言われて、どぎまぎしました。
食べ物について「大丈夫でしょうか?」と訊かれると、ほら、我々の年代は大丈夫でない時の表現だという感覚だから、「え? ひょっとして、それ、腐りかけてるとか?」と考えてしまうわけです。
まあ、そのように言った店員さんの真意を好意的に解釈すると、それは多分、
「私はあなたの注文を◯◯定食と理解したのですが、そのように理解した私は大丈夫でしょうか?」
という意味なのでしょうが、そう言われても私に言えるのは──「知らんがな」ぐらいのもんです(笑)
でも、もっと驚いたのは、街を歩いていたら居酒屋のチラシを配っている兄ちゃんに「居酒屋○○です。大丈夫でしょうか?」と勧誘されたときでした。
いやいや、君の日本語こそ大丈夫かね?
それって勧誘でしょ? うーん、我々ならせめて「いかがでしょうか?」ぐらいのことは言うんですけどね。一体「大丈夫」はどこまで万能になってしまったのでしょう? きっと疑問文であれば「大丈夫」はどこまで使っても大丈夫になりつつあるんでしょうね。
それから暫くあとに、あれはコンビニだったかな、どこかのレジでこんなことを言われました。
「ポイントカードは大丈夫でしょうか?」
またしても私は、
「え? ポイント・カードは多分、財布の中に入れてあるので、大丈夫、盗られてないと思いますけど?」
「あ、そういう意味じゃなくて? あ、そうか、最近使ってないから磁気が馬鹿になってるかも。いや、これ磁気じゃなくって ICカードでしたっけ? いや、割れたりはしてないはずですけど…」
などと心配してしまうわけです。
でも、若い人はこの問いにすんなりこう答えるんですよね?
「大丈夫です」
ファストフード店の店員さんと女性客の間でもっとすごい(と言っても、私たちの世代にとってすごいのであって、若い人にはすごくも何ともないのでしょうが)会話を耳にしました。
店員「ポイントカードはお持ちでしょうか?」
女性「大丈夫です」
店員「シールはお集めでしょうか?」
女性「大丈夫です」
私は頭がくらくらしてきました。私が気持ち悪いと書いてきた「大丈夫」は大体が疑問文の「大丈夫?」でした。ところが、この女性客の「大丈夫」はきっぱりとした回答の大丈夫です。
私たちの「大丈夫」は心配された時の「大丈夫」です。でも、この女性客の「大丈夫」は単なる疑問文に対する否定の回答、つまりは No と同義なんです。
でも、変じゃないですか? 大丈夫って英訳するなら OK とか All right でしょ? それを No の意味に使っているんですから。
ただ、もうちょっと踏み込んで解釈するなら、「ポイントカードは持っていないけれど、勧めてくれなくて大丈夫です」とか「シールは集めていないので、もらわなくても大丈夫です」というところでしょうか?
ま、シールのほうは No は No でも No, thank you (anyway, I'm alright)のニュアンスがあるのでそれほど違和感はないのですが、ポイントカードのほうは No, I don't を無理やり「大丈夫」と称しているように聞こえてしまうのです。はい、あくまで我々にはという話ですが。
でも、ちょっと勘繰ると、「お持ちでないならカードをお作りしましょうか?」と言われるのが嫌で先手を打って予防線を張っている感じさえします。あるいは、「私に構わないで下さい」と暗に言っているような気もします。
でも、客を構うのが接客業ですからねえ。店員からすれば「いいえ」のひと言で軽く流してくれれば良いのに、と思ったりはしないんでしょうか、と余計な心配をしてしまうのです。
昔の「大丈夫」に慣れている我々の世代からすると、この「大丈夫」はちっとも大丈夫な感じがしない、と言うか、却って重いような気がするのです。
考えすぎでしょうかね? 大丈夫でないのは私たちのほうなんでしょうか?
あなたの「大丈夫」は大丈夫でしょうか?