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偉い夫婦の会話

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  • yamaeigh
  • 2019/07/21 03:35

東京都内で生まれ育った妻と、大阪府下で生まれ育った私が出会い、そして結婚しました。私はこれを The-east-meets-the-west marriage と呼んでいます。 

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そういうわけで我々夫婦はときどき“言葉の壁”、英語で言うなら language problem に直面してきました。 

例えば私が「これはからいね」と言うと、妻は「えっ、唐辛子は入れてないよ」とびっくりするなど。東京で言う「しょっぱい」も「からい」も関西では同じ「からい」になってしまうのが妻には不思議なようです。 

東京弁の「しょっぱい」はざっくり言うと「塩辛い」、塩が多かったり醤油や味噌などが濃い場合。「からい」はトウガラシやワサビなどのピリッとした辛さを表す言葉です。両方ともを「からい」で表現する関西人はどうやって区別してるの?と妻は真顔で訊きます。 

うん、それは前後の文脈で区別がつくんですよ。そう、そういうことはいろんな言語間で起こっていて、例えば英語では「暑い」も「熱い」も「からい」(ピリ辛のほう)も全部 hot で済ませてしまうんですから。 

その一方で、日本語では「湯」と1語で表せるものが、英語では hot water と2語を費やさなければなりません。不便だし、情緒がないような気がします。 

でも、視点を変えれば、同じH2Oという液体なのに、日本語では温度によって名前が変わってしまうのは極めて非論理的です。hot water という英語の方が学術的に正確だと思いませんか? 

話を元に戻しましょう。 

妻がよく理解できないと言うことがもうひとつあります。 

関西では単に「肉」と言えば通常牛肉のことを指します。だから、豚肉の入った饅頭のことは「肉饅」ではなく「ぶた饅」と言います。「肉じゃが」に使うのは牛肉です。「肉でも食おうか」と言って豚肉料理を食べに行くことはありません。 

「なんでー? 豚肉だって肉じゃない?」と妻は言います。 

でも、そんなこともまた、よくある現象なのです。 

例えば、日本全国ほとんどどこへ行っても、単に「卵」と言えば通常「鶏卵」を指します。「卵料理」と銘打ってウズラの卵やタラコが出てきたら驚くでしょう? 

それとおんなじで、「肉」だと言って魚肉ソーセージが出てきたら「なんじゃそりゃ」と思うでしょう? 「魚肉だって肉じゃない」とは言わないでしょう? 

単に「何をもって代表するか」というだけの問題なのです。そして、それは近隣に牛肉の産地が多いかどうかとか、食習慣が牛肉中心かどうかといった、純粋に文化的な側面に言葉が対応しているだけなのです。 

さて、別の話。こんなこともありました。 

激しく雨が降っている日の夜、外を見ながら私は「えらい雨やな」とつぶやいたのですが、キッチンで洗い物をしていた妻はこう言いました。 

「えっ、何がダメなの?」 

人間は音を明瞭に識別できなかった時、イントネーションやアクセントを頼りに推測するみたいで、つまり、大阪弁の「雨」は東京弁の「ダメ」と同じイントネーションだったというわけです。 

ところで、この「えらい雨やな」というような場合の「えらい」は関東ではあまり使われません。 

もちろん全く使われないわけではなくて、私が「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」と言ったら妻は「誰が偉いの?」と訊くかといえば、そんなことはありません。 

ただし、東京では「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」とは言わず、普通は「大変、大変」(あるいは「てーへんだ、てーへんだ」)、「えらい雨」は普通「すごい雨」(あるいは「すっげー雨」)と言います。 

また、副詞的に用いられる「えらい」のほうはあまり抵抗なく使われているようで、「えらい(えらく)長い間」などという表現は東京でも耳にします。この場合は江戸弁に訛ると「えれー」あるいは「えっれー」となります。 

ただ、大阪弁の「えらい」にはもっと微妙なニュアンスを伝える働きがあります。例えば、 

「毎日やってたら、えらいもんで慣れてきてなあ」 
「まだまだ若いと思てたけど、えらいもんで足がもつれてきてなあ」 
「父親みたいにはできんやろと思とったら、えらいもんで、蛙の子は蛙やなあ」 

電車の中で、そろそろ梅田の駅に着こうかというタイミングで、見知らぬおばさんがこういうやり取りをしているのを聞いて、妻は実際「誰が偉いの?」と私に聞きました。 

その時の会話は「あ、えらいもんで、もう着いてもうたで」でした。 

この「えらいもんで」を説明するのは大変難しいです。端的に言えば意外性を表す表現なのですが、意外であればいつでも使えるのではなく、自分が何かを過小評価していた時に口をついて出る表現なのです。 

「ちりも積もれば山となるなあ」「時の経過は侮れないあ」「世の中うまくできたもんだなあ」という感慨を伝えるために、関西人は「えらいもんで」という挿入句を持ち出すのです。 

ウチの夫婦も最初は言葉が通じなくてえらい苦労しましたが、えらいもんで、だいぶ通じるようになりました。 
 

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放送局で働いていました。今はただの爺です。

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