人びとは多くの物を持ちこみすぎた。数々の欲望想念、不摂生、間違ったエネルギーの使い方により、自らの肉体に病をつくり、数々の遊楽、享楽的な、根源悪のようなものをつくって、快楽にふけり、人びとは混乱している。それに翻弄されて、社会的にも混乱が起き、間違った価値観の中で人生の目的と意味を見失っている。
神の子としての基準を取り戻していったときに、そなたたちがつくっていった,複雑怪奇な社会のシステムがシンプルに整理されて、神理はとてもシンプルであるということを実現するような社会になってくるであろう。
病がなくなれば病院もいらぬ。人びとを裁く裁判所などもいらないようになるであろうしーー。社会国家をつくるため、人びとが間違った方向でエネルギーを使うから、極度なストレスがあり、歓楽街とか、性的退廃を招くものがあるーー、そのようなものは全部なくなっていくのである。
そうなれば、幼い青少年たちが迷うこともなくなって、魂が何の目的のためにあるか、若い命が、どんな目的をもって努力精進すればいいかということ(がわかり)、教育のシステムも、根本から改革が行われるであろう。
国家体制も変わり、国が変わり、国境がなくなって、地球人類として、みんなが手をつなぎ合う時代がくる。「我こそは、我こそば」と思い、富や宝や、財産や財宝を求めるから、幸せになる必要以上にそういうものを求めるから、人びとはしゃにむに働き、おかしなものを蓄える。そのようなものは、すべて、価値観がガラガラと変わる中なくなっていくであろう。
宗教においてもそうである。カイトロンが言ったと思う。オリオンの星には宗教がないと。宗教は、単に自らが神の子であるという、愛の教えそのものである。人類どうしがみな神の子であるから、愛し合おう、信じ合おう、分かち合おうという中において、すべてが、物質文明における、貨幣経済までも変わってくる。
神の子、人類たちは、自らの個性と役割で、精一杯仕事をする。欲しいものは分配されるようになってくるであろう。すぐにはそのような社会ができないのはわかっているが、そのかわり、自分でできることをし、神の子として貢献しようと勤勉に仕事をしていれば、物事は循環していくものである。
人が幸せになるのに、たくさんのものはいらぬ。衣類がたくさんいるだろうか。食べものがたくさんいるだろうか。子どもの教育をするのに、過剰な教育費がいるだろうか。ほんとうに学ぶということは、人を、子どもたちを、過剰な教育環境の中において、ない才能を磨かせることではなくて、ある才能を活かすために、自ら気づき、研さんしていく道を示すこと。そうすれば、教育費も、教育環境もおのずと別な価値観、尺度が現れてくる。
病院や、そのような施設でも、圧倒的に病人が減るであろう。魂が永遠であるということを理解したなら、むやみな延命治療もなくなり、短い命には短い命なりの意味があること、修行の目的があると理解され、医学にもそういった認識が進む。シンプルに整理されてくるであろう。あまりにも人間たちが、物質界の中で、複雑怪奇な、難解なものにしてしまった。
物質主義の、科学の混乱の時代の中、次の世紀には神の子であるということが、永遠の命であるということーー、この地上においての本来の意義と目的が、人びとの心の中に根づけば、ほんとうに幸せなことは、神の大いなるあらわれである大自然とともに、シンプルに生きることーー。そのうえで、科学文明を使い効率的に生きることで人びとは自由な時間を得る。
過剰な、余分な物質、お金、そういうものに目をくらますことは、何の意味もないということがわかる。そして、自らの才能を、他者の力になるという愛と思いやりの精神で、互いに助け合い、高め合い、人生の目的とする時代がくるであろう。そうなったら、多くのものはいらないから、たくさんの生産をする必要はない。畑を耕したり、魚を獲ったり、そういうことが大好きな者もいるから、効率的に食べ物が生産されて、人びとはあくせくしなくなる。そこに至って、文化、芸術、科学文明における爆発的な飛躍が起きるのだ。
今は戦争とか、つまらないことで足を引っ張り合い、エネルギーを浪費しているから、発達しているようでいても、根本的には飛躍していない。しかし、愛の教えが根づけば、次なる扉が開かれ、他の宇宙に行けるような、飛躍的な理論が人類にもたらされるであろう。
人びとは宇宙へ出て行き、今度は、自分たちがある程度気づきえた、愛と奉仕の精神を、神の子としての幸せを、他の、発展途上の星に分け与え、今の地球のように滅亡していこうとしているような他の星に、何かしら手助けができないかと、そのような指導、他の惑星を指導するような仕事を、ボランティアとしてはじめていくことになるだろう。
それがまた、宇宙規模の愛の循環となっていくのである。
我らも、そのような惑星から、地球が立ち上げられたときにやってきて、精神的な指導をしてきたのである。そうして愛の循環が、神の子としての教えが、宇宙規模に循環されて広がっていくのである。まず、神の子であること。愛の光であること。その尊厳を持つこと。尊厳を忘れるから、サタンたちのように、欲望に目がくらんで自らを欲望と権力の中において見失っていくのである。
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