ここでは前回「【簡易版】真・Web版まえがき」の詳細についてお話しします。
まずはその時にお話しした「これからの時代にあった、新たな価値観を追加する」の詳細について。
新たな価値観とは、以下のようなものです。
1,人を物扱いするのをやめる(「価値合理的行為」を重視)
2,視野を「時間・空間・概念」を意識した上で広げる
3,手段と目的を混同しない、ということを徹底する
まだまだありますけれども、大きなものはここら辺の話です。
優先順位として最も高いのが「1,人を物扱いするのをやめる(「価値合理的行為」を重視)」であり、かつその目的は「自殺を少しでも減らしたい」ということだと、前回にお話ししていました。
前々回の図を再度掲載します。
日本は世界一「目的合理的行為」を持つ優秀な労働者を抱える国ですが、それ故にほぼその価値観しか持っていない人が非常に多いのです。
まさにこのことが、日本人に自殺の多い理由であると私は考えているわけです。
その「目的合理的行為」とは、どういうものか。
人を人材という物として扱うのが「目的合理的行為」であり、会社で言えばその目的とは「営利目的」となります。
もちろん会社である以上、営利目的は追求しなければなりません。
この点は芸術やラグジュアリーを商品とする、価値合理的行為を重視する会社であっても同様です。
しかし、価値合理的行為を重視する会社(=芸術やラグジュアリーを商材とする会社)は、営利目的よりも「価値を落とさない」ことを優先します。
自らの価値を落とす行為とは、即ち「価格を下げることに繋がる行為である」ことを知っており、それを回避するためにそのようにしているのです。
長い目で見ると、その時に売れることを優先し価値を下落させた場合、時間が経てばさらに価値を失って売れなくなり、それ故に廃番となるわけです。
廃番となったこの商品には、歴史というものがなくなります。
これを人に当てはめて「人材」として考えた場合、どうなるでしょうか。
「価値あるものを、価値のわかる客へ、適正な価格で」
この働き方ができるのは芸術家やクリエイターまたは非常に優秀な専門家など、その「価値ある」才能がある人に限られます。
しかしこの「価値」とは、その「価値のわかる客にしか、わからない」ものです。
芸術やラグジュアリーまたは非常に専門的な分野など、価値の高いものになればなるほど、その価値が理解できるのは(その理解ができるという)高い能力を持つ人に限られるのです。
それ故に、その優れた才能を持つ芸術家や専門家等は、そのような客しか相手にしないですし、する必要もありません。
そしてこの「価値のわかる能力」が、日本では非常に疎かにされているのです。
ですがこの「価値のわかる能力」は、それでお金を稼ぐことのできるほど、非常に役立つ能力なのです。
わかりやすい一例が株式投資です。
「この会社は皆に役立つ良いものを生産している良い(=価値の高い)会社だ」と、誰よりも早くに評価し、投資できた人がお金持ちになれます。
そしてこの投資とは、昔であれば千株単位でしか取引できず、そのお金と知識を持つお金持ちにしかできないものでした。
今はネットで単位未満からで、非常に低い金額で取引することができるようになっています。
これはインターネットという技術が生まれてそれが普及し、インフラ化したことによって実現しており、これを言い換えると「テクノロジーの進歩によって、お金を持っている以外の能力が使えるようになった」とも言えます。
つまり、以前であれば「お金を持っている」という能力が強く問われていましたが、今現在は「お金を持っている」という能力よりも、その人の持つ投資自体の能力がより強く問われるようになっているのです。
さらに今は、株だけでなくFXなど他の金融商品など、さらには暗号資産と言われる新しいものまで存在し、能力の高い人にとっては選び放題の良い時代となっています。
つまりこれからの時代は「本人の能力そのものが、より強く必要とされていく」という流れとなっています。
そして「人材」よりもさらに大きく「人」として考えた場合はどうでしょう。
それを表したのが、前回の以下の図です。
労働者として働いている時間は「人材として労働力を供給し、対価としてお金という報酬を頂いている」状態にあります。
そのため「人材」としてどうなのか、ということを重視する必要があります。
しかし、その労働によって拘束された時間以外では当然ながら、その必要は全然ありませんよね。
にもかかわらず「労働者としての評価≒その人の評価」となっている現状は、明らかに日本人の評価の方が誤っていると言わざるを得ません。
また「労働は生産活動に対する非常に有効な手段」であることは確かですが、大事なのは「生産活動」の方であって、労働は手段の一つに過ぎません。
投資によって生産活動に貢献することも、同じく手段の一つであるのにもかかわらず、長い間そのことは軽視されてきました。
(その結果として、欧米に比べて家計=家庭経済における投資金額が少ないことで、そのリターンを手にすることができない、ということが起きました。
つまり日本の家計では欧米に比べて資産が増えなかったため、当然ながら使うことができるお金もより少ない状態となったため、それ故に(その家計から何かを買った時に支払われる金額が減るから)業者さん側の利益も減り、そこから従業員の給料も減ることで、結果として一般のご家庭の収入も減るということが起きていました。
その状態で生産率を計算すると、当然ながら低い数値が出てくることになります。
※上記右側の画像は金融庁の資料の「家計金融資産の現状分析」より
この画像の元記事はこちら、ご興味ある方はどうぞ)
なお、大変に残念なことですが、あなたの価値のわかる人が家族などあなたの周りにいる人であるとは限りません。
さらに残念なことには、あなたご自身があなたの価値に気付いていないということもありますし、日本人の場合はそれが非常に多いと思われます。
何故ならば、日本は災害の多い国であったからこそ「能動的であることの評価が高止まりした状態でかつ、受動的な能力(評価することを含む)に対する評価が低すぎる」からです。
この状況を打破する一つの手段として、私はこの場を設けることにしました。
もちろんこのことを今、ここで知って頂いた上で、あなたご自身に合った別の方法を選択して頂くことも良いと思います。
なお、最終的な目的は「自殺をできるだけ減らす」→「価値合理的行為側の天才や秀才を発掘し、新たな時代に対応できる人を増やす」というものです。
私は現在、今の価値観で上手くやっていけずひきこもり状態になっている人の中には、価値合理的行為側の秀才や天才がたくさん埋もれていると本気で考えています。
とはいえ、私自身もそちら側の天才ではなく(天性≒感性の才能は皆無)、単にこのことに気付いて理屈からわかる範囲で理解しようとしている段階であり、道のりは非常に長いと言わざるを得ませんけれども。