俗に言う「欲求ピラミッド」ではマズローの方が有名で、私も以前に書いた記事で触れたことがあります。
マズローでは「欲求ピラミッド」よりも「欲求五段階説」とされている方が多いようですが、調べてみると「マズロー自身がピラミッド構造に表したわけではない」らしいです。
(ウィキペディアの「自己実現理論」のページにも「マズローの著書にはピラミッド階層についての言及はされていない」との記載がありました)
で、その後ダグラス・ケンリック教授によって提唱された理論からできたのが「ケンリックの欲求ピラミッド」です。
このケンリックの欲求ピラミッドについて。
ALISではnekonote様の以下の記事が見つかりました。
正直、この記事をお読み頂いた方が早いですけど一応。笑。
ケンリックの主張をものすごーくざっくり言うと「生物としての欲求をマズローは軽視し過ぎているのではないか」というものです。
つまり「配偶者を得て子孫を残す」ということが頂点であり、そのための欲求が最強ではないかというものです。
それに伴って、両者のピラミッドの違いをものすごーくざっくり言うと、以下のようになります(前者がマズローで後者がケンリック)。
①階層構造と重ね合わせ構造
②最上位のものが自己実現(超越)か育児か
③上記、最上位は自己なのか他者なのか
えーと、正直②と③は広い意味で言えば同じですけど、一応分けました。
自己実現と自己超越は「自分がこうしたい」という意思の方が強いですが、育児の場合「自分がこういう子に育てたい」というよりも「この子が幸せになって欲しい」というのが、本来の正しい親の姿ではないかと思うのです。
その意味で言えば、自己超越の上の方と育児の上の方はいずれも「(心の底から)自分よりも他者の幸せを望む」という状態ですので、どちらも同じではないかと個人的には思います。
さらに言えば、日本では「マズローは古い、今はケンリックだ」と言う人も多いみたいですが、古いかどうかの問題でもないと私は思っています。
最終的には「その人の持つ性質にどのくらい合うかどうか」だと、つまりは人それぞれだと思うんですよね。
何故ならば、私にはケンリックの欲求ピラミッドは全然合わないからです。
そんなケンリックの欲求ピラミッドは↓こちら。
画像はPubMed Central ® (PMC) のこのページから頂き、和訳を付けました。
PubMed Central ® (PMC) は、米国国立衛生研究所の国立医学図書館 (NIH/NLM) にある、生物医学およびライフ サイエンスのジャーナル文献の無料の全文アーカイブです。
ただし、ケンリックの欲求ピラミッドの方が正しいと思うのは、①の「(階層構造ではなく)重ね合わせ構造」であるところです。
これは「(マズローのピラミッドのように、上位の欲求が表れると下位が消えるのではなく)重ねた状態で同時に混在し、状況によっていずれかが表面化する」というものだそうです。
私がこの部分を正しいものと思うのは「人は複雑なものであり、頭ではわかっていても気持ちが付いてこない(なので、以前できた正しい選択が今回はできなかった)」というようなことがあるからです。
……私は良くあります。
しかしこの部分も人それぞれであり、マズロー自身ができた人だから「そういうことの起こりにくい人」だった、だから気付かなかったのではないかと。