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季節の花(10)

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  • 川光俊哉
  • 2019/10/07 22:53
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「お酒、飲める」
「あんまり」
「なにが好き」
「ううん、ビール」
「飲む」
「仕事前に、それはちょっと」
「うん」
「暑くなってきた。エアコンつけますね」
「窓閉めるね」
「どうも」
「マスター遅いな」
「なにしてるんでしょうね」
「さあ。地元どこだっけ」
「はあ、なんです。ずっとこっちですけど」
「ああそうなんだ。いや、さっきそういう話してたから」
「店長と、地元の話」
「そう」
「地元とかある人、なんかいいなあ」
「いいとか悪いとかじゃないよ。あるもんだよ」
「なつかしいですか」
「まあ」
「よく分からないな」
「どうでもいいよ」
「でも親戚の家とか行って、小さいころはそれがけっこうたのしみでした。そんな感じかな」
「親戚って、遠いの」
「いろんなところ。日本じゅうばらばら」
「おれはそっちのほうがうらやましいけど」
「なにも日本じゅう泊まり歩いたりはしてないです」
「よく行くのは」
「このへんにおじいちゃんが住んでました」
「近いな。それって、たのしいのか」
「いや、ええと、話せば長いんですけど、生まれはこっちじゃなくて、正確には中学くらいからです」
「ああ、ずっとって言うから」
「すいません」
「ふうん。で、中学から引っ越してきたのは」
「引っ越してきたというか」
「というか」
「話せば長い。まあいろいろあって、中学はこっちになりました」
「校区かなにかの関係。行きたい学校があったの」
「そんな感じですかね」
「座ってていいよ」
「あ、いいんですか」
「いいよ」
「実はさっきから、そうしたかった」
「なに。やっぱりマスターの方針なの」
「だらけて見えるから座るなって」
「どうぞ」
「はい。ありがとう」
「暑いね」
「うん」
「エアコンきいてないんじゃない」
「ついてますよ。じゃあ温度下げる」
「これからつらいな」
「暑いの苦手」
「とくにそうでもないけど、うちにエアコンないから」
「それって暮らしていけるんですか」
「ちゃんと生きてるよ。冬だって越した。もう何年もそうして。死なない程度だから、がまんできてしまう。だから、ついがまんして買うのがめんどうとか思ってしまう」
「あっ、しまった」
「なに」
「あじさい」
「ああ」
「忘れてた」
「あーあ」
「しおれてる」
「どうする」
「どうしようもない」
「しょうがないよ」
「この花、好きなんだけどな」
「そう」
「うちの近くにもあるんですよ。すごい、あざやかな青で。毎年色ってちがうんだっけ。今年はそうだったと思います。これは、ああ、何色だったのかな」
「すぐにしおれていくね」
「散っていくより、いやですよね」
「かなしい、感じ」
「いつのまにか、咲いたのにも気づかないし、そういえばって、通りかかると、こうなってる」
「しょうがないよ」
「あんまり見てないんですよね。あとでそう思うけど。もったいなかった、って思っちゃう。来年まで見れないから」
「捨てるよ」
「あんまり覚えてもないんですよね」
「うん」
「なんだか」
「そういう花だね」
「そうですね」
「どうしたの」
「なんでもないです」
「いや、泣いてるかと思った」
「なんで泣くんですか」
「あじさい好きなんだろうなあって」
「そんな。そこまでじゃないですよ」
「まあまあ。また来年があるから」
「季節の流れは早いですね」
「年をとるとね」
「まだ若いでしょう」
「暑い」
「なかへ避難、避難」
「今日は暑い、ということで、客は来ないのかな」
「そういうことにしときましょうか」
「冷麺でもやれば」
「わたしが言うんですか」
「どうかな」
「怒るでしょう」
「そうだ。いつか聞いたんだけど、ランチはじめるとか言ってなかった」
「はじめますよ」
「えっ」
「それは本気みたいです」
「いつから」
「そろそろ」
「ふうん」
「いつでも、そろそろ」
「つまり、実現はしそうにないのかな」
「さあ。発作みたいにやる気出すってことも考えられます。やっかいですね」
「準備するだけで大変だろう。二時とか三時までだらだら店開いてて、起きるのは昼近いのに、どうやってランチなんかやるんだ」
「早めにおひきとり願うかもしれません」
「それはこまるな」
「そうだ、さりげなくそういうこと予告しとけって言われてた気がする」
「え、それ、本気だよ」
「やっぱりそうなんですかね」
「まいったね」
「つらいですよ。お店の経営も」
「そうか」
「バイト代ももうからない日が何日も続くと、さすがに元気がないですね」
「分かるの」
「見てれば分かるでしょう」
「バイトとはいえ、さすがに一緒に働いてるからね」
「けっこう切実なんです」
「今度からもうちょっとやさしくしてあげようかな」
「来てくれますか」
「おれ」
「うん」
「たぶん」
「やった」
「それも、言われたの。ランチにひっぱってくるように」
「そうでも、ないです」
「どこ行くの」
「はい」
「置いてかないでよ」
「ちょっと」
「それ」
「うちから持ってきました」
「たのまれたの」
「うん」
「こんなの読むの。すごい」
「そうですかね。辞書と首っぴきで、ちっとも進まないですけど」
「かざりのつもりだろ、マスターは」
「きっとね」
「見せて。うわあ、何語。ドイツ語とか」
「フランス語」
「なんで」
「さあ、なんででしょう。読めたらすごいと思ったからかな」
「それだけ」
「いいでしょう」

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  • 川光俊哉
  • @55ohguy
Toshiya Kawamitsu/第24回太宰治賞 最終候補 小説『夏の魔法と少年』/舞台『銀河英雄伝説』他、商業演劇で脚本を手がける/現在、山崎哲の後任として二松學舍大学文学部国文学科 講師

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