笑謝地獄

　子供たち、三人、立っている。
　男１、いすに座っている。背もたれをまたいで、頬杖をついている。

　男１　なんで、ここに連れてこられたか、分かるな

　間。

男１　よし。万引きしたのは、誰ですか

　子供１、おずおず手を上げる。

男１　よし。なにを万引きしましたか
子１　うまい棒
男１　ああ（と語尾を上げる）
子１　うまい棒、です
男１　うまい棒は、分かったよ
子１　うまい棒、十本です
男１　だから、うまい棒って、なに
子１　え
男１　うまい棒って、なんですか
子１　うまい……
男１　ああ
子１　おいしい……棒……棒
男１　結局、なんなのかね
子１　おいしい……あの……棒
子２　あ、棒、スティック
男１　ああ
子１　あ、おいしい、ステッキ
男１　なんだ、それは。おいしいステッキをとったのか。十本
子１　はい
男１　なにをするものかね
子１　食べてないです
男１　ああ
子１　うまい棒、食べてないです
男１　食べられない、おいしいステッキか
子１　いや
子２　そうです
男１　おまえたちの言うことは、ちんぷんかんぷんだよ
子１　はい
男１　しゃんとしろ
子１　しゃん

　子供たち、姿勢を正す。
　男１、立つ。

男１　ほかのふたりは

　間。

男１　ほかにも、万引きをしたやつがいるな
子１　はい
男１　おまえはいいよ
子１　はい
男１　まだ、いるだろう
子１　はい
男１　（子供２へ）おまえは、なんで連れてこられた
子２　デリシャス、スティック
男１　ああ
子２　あ……親が、先生に言ったっぽくて、なんか、呼び出されて、あ、ばれてる、みたいな。それで、なんか
男１　そんな言いぐさがあるか
子２　ないっす
男１　言ったっぽくて……ばれてる……そんな言いぐさがあるかって言っとるんだよ
子２　言いぐさ
男１　ああ
子２　言いぐさって、なんすか
男１　ああ
子２　はい
男１　結局、おまえも、万引きしたんだろう
子２　まちがいない
男１　なにを
子２　折り紙
男１　ああ
子２　あの、なんか、折る、紙、みたいな。なんか、色がついてて
男１　折り紙くらい分かるよ。馬鹿にするな
子２　はい
男１　ほしかったのか
子２　はい
男１　どうして
子２　折ってないです
男１　折らないけど、ほしかったか
子２　あの、一枚しか、折ってないです
男１　ああ
子２　ごめんなさい
男１　ごめんなさいじゃないよ。じゃあ、折り紙、万引きしたのに、なんで最初に名乗り出なかった
子２　あ、ペーパー。折る、ペーパー
男１　なにを言っとるんだ、おまえは。なんで、最初に万引きしたと言わなかった
子２　あの、なんか、ひとりずつ
男１　ああ
子２　ひとりずつ、万引きしたから、なんか、そういう
男１　どういう
子２　でも、みんな、せえのって、みんなでやったんですけど
男１　なにを言っとるんだ
子２　はい
男１　はいじゃ分からんよ
子２　イエス

　間。
　男１、子供３の前へ。

男１　あいつは（子供１を指し）ちゃんと正直にやったと言ったぞ。あいつは（子供２を指し）ごめんなさい、と言えた。おまえはなんだ。ぼうっと突っ立って。お地蔵さんじゃなんだから、うんとかすんとか言えんのか
子１　すん
男１　（子２へ）おまえじゃないよ
子３　いいえ
男１　お地蔵さんじゃないんだな、おまえは。まちがいないな
子３　はい、いいえ
男１　ああ
子３　あの、あの、おれは、見てただけで
男１　ほう、見てた
子３　はい
男１　じゃあ、万引きしてないか
子３　はい
男１　ばかもん。だまって見てたら、一緒だよ。なんで、とめてやらなかった
子３　はい
男１　友達だろう
子３　はい
男１　友達が悪いことをするのを、関係ないと思って、ほっといたか。ばかもん。おまえが一番ひきょうだよ。それでも男か。女のくさったようなやつだ
子３　キャベツ太郎
男１　ああ
子３　あの、おれ、キャベツ太郎。おれ、本当は、キャベツ太郎
男１　キャベツ太郎
子３　はい
男１　おまえは、キャベツ太郎というのか
子３　はい、いいえ
男１　どっちだ
子３　キャベツ太郎

　間。男、息をついて、うろうろしはじめる。

男１　本当にな、おれは、あきれたよ。最近の子供は、こんなものかと、がっかりした。いたずらするなじゃないよ、子供のうちは、おおいに遊べよ、そのために大人がいるんだ。しかし、万引きとは、なんだ。万引きだって、するなじゃないよ、おれはな、ばれなきゃいいとか、悪いことを悪いと思わないとか、そういうひきょうな心がまえがゆるせねえ。嘘つきは泥棒のはじまりと言うが、本当だぞ。逆に言えば、泥棒になったら、もう終わりってことだ。泥棒のおまえらは、なんだってするぞ。殺人だってするぞ。おまえらは、殺人犯だ。死刑だぞ。覚えておけ
子１　はい
子２　はい
男１　キャベツ太郎は
子３　はい
男１　むかしはね、ものを盗んだら、指を切られたよ。二度とそんなことのできないように。おまえたちも、そうしてやろうか、指を切っちまうか
子１　はい、いいえ
男１　どういう教育を受けたら、おまえらのように育つのか、分からんよ。学校でも、家でも、勉強をおしえるばっかりで、本当の教育というものをしない。まったく。だから、地域で尻ぬぐいをしてやらないといかんだろう。おれのようなじじいが、わざわざ出てこなくちゃいけない。こうやって、しかられたこともないだろう
子１　はい
子２　はい
子３　はい
男１　おれもな、おまえたちのことが、憎くてこんなことを言ってるんじゃないんだよ、分かるな。同じ地域に育って、そのよしみだよ、こんなところでつまずかせたくないんだよ。なあ。おれは、あきらめないよ。おまえたちは、ぜったいに、このまま腐らせない。どうだ、たったこれだけのあいだで、ぜんぜんおまえたちの目はちがうぞ。だいじょうぶ、素直ないい子だよ。おれは、おまえたちのことが、好きなんだよ

　男２、登場。

男１　あ、先生。いや、もう、だいじょうぶです。わたしが、十分、言って聞かせましたから
男２　はあ。まったく、めんぼくない
男１　失礼ですが、めんぼくないといえば、まったくそのとおりですな。こういう事件が起こる前に、ちゃんと教育するのが学校の役割だと思っていましたよ。あとで、めんぼくない、めんぼくない、それじゃあ話になりませんよ
男２　しかし、休日のことで……子供たちへの責任が、学校にあるか、というと、ちょっと分かりません。どちらかと言えば……
男１　だまらっしゃい
男２　……
男１　責任じゃないよ。子供への愛情ですよ。本当に立派な人間に育ててやろうという気持ちがあるなら、責任などという言葉はぜったいに出ないはずだ
男２　すみません。取り消します
男１　なっちゃいないよ。言っちゃ悪いが、あんたのそういう態度を見て、子供たちが育っているんじゃ、これは不幸ですよ。わしが気づいてよかったよ。どうして、いままで知らせてくれなかった。子供の話を聞いてみれば、責任のがれと、なすりつけ合いと……あんたのやってること、そのままじゃないか
男２　申し訳ありません
男１　見てただけ、で、すまそうとするんですよ、あのキャベツ太郎など
男２　は
男１　（指をさし）キャベツ太郎ですよ
男２　ああ……はあ
男１　ついでだから言わせてもらうが、毎朝毎朝、家の前で立って、学校へ行く子供たちにあいさつしてるがね、いや、ほとんどの子供はいい子なんだよ。しかし、五人、どうしてもあいさつを返さないばかもんがいる。どうして、そういう子供ができるのか、ぜひとも聞きたかったよ。どうしてですかな
男２　多少、むずかしい子供もいます……それはまあ、知らない人からあいさつされたら、どう反応していいか、と思うのも……あるのかも
男１　じゃあ、あんた、どの五人か、分かりますか。そういうむずかしい子が、誰だか……分からんでしょう。ろくに子供のことを把握していない。わたしのほうが、学校の先生より、子供をよく知っている。なんのことですか、これは。わたしは、五人、顔も覚えています。今度、学校に行って、おしえてあげましょうか
男２　……機会があれば
男１　もうひとつ、じゃあ、言わせてもらうが。最近の子はね、どうなっとるの
男２　なにが、でしょう
男１　最近の子は、新聞を読まんでしょう
男２　そうかもしれません、はい
男１　どうして、新聞を読まんのだろう……むかしはね、テレビもないし、マンガもない、ゲームもない、だから親の見ている新聞を見るようになって、そうして、社会のことが分かって、大人の考えかたもなんとなく身についてくるものでしたよ。むかしはよかったじゃないよ、むかしはよかったじゃないけれども、そうも言いたくなるね、本当に、子供は新聞を読まない。活字ばなれが、ここまで進んだ。新聞さえ読んでいればねえ
男２　はあ……
男１　こんなことにはならなかったよ
男２　は
男１　新聞を読んでいれば、万引きなんかするはずがないでしょう、そうでしょうが……そのあたり、どうお考えですか
男２　は……そうですね……新聞を読めば、世のなかのことが分かりますからね……その、悪いことは、悪いと、ちゃんと書いてありますし、万引きは、しなかった、かもしれないです
男１　たとえばですよ、学校の図書室に新聞を置いたりしてはどうです、ふつうの図書館なみに。それに、たとえば、朝礼の前に、全校生徒が新聞を読む時間をつくるとか
男２　ははあ
男１　三十分、いや、二十分でもいい。どう思います、このアイデア（ディと言えない）
男２　新聞を読むのは、子供にとっても大事なことだから、子供たちに新聞を読むようにすすめねば、と思います
男１　（握手する）ありがとうございます。わたしもね、新聞社につとめていたから、こんなことを言うわけじゃないんです。ただね、長年新聞をつくっていて、それだけに、新聞の大切さが分かる、ということもありましてね
男２　なるほど
男１　これから、子供たちはちゃんと新聞を読んでくれるわけだ
男２　分かりません
男１　いやあ、うれしい。ありがとうございます
男２　それでは、あの、一度、子供たちを……
男１　ああ、どうぞ、どうぞ（子供たちへ）おまえたち、反省したな
子１　はい
子２　はい
子３　はい
男１　じゃあ、どう反省したか、先生に言ってみろ
子１　死にます
男２　え、なに
子１　殺人犯なんで、死刑
男２　（あたふたして）（男１へ）あの、なにか、わたしの知らない、とんでもない……
男１　（子１へ）なにを言っとるんだ、きさま。反省しろと言っている
男２　すみません、なにか、そういう……いえ、ただ、万引きと聞いていたものですから……え……
男１　（さえぎるように）なっちゃいないよ、なっちゃいない。大人を馬鹿にして。まったく、反省もなにもあったもんじゃない。次（子２へ）おまえは
子２　指、切ります、あ、切られます
男２　……（なにか言おうとする）
男１　（さえぎるように）ああ
子２　おれが、折り紙を万引きしたので、ええと、罰として、おれの指が、おじさんに切られます。新聞読みます
男２　（男１を見る）
男１　……誰がそんなことを言った
子２　はい
男１　そうか……そういうことか。そんなに反省したか
子２　はい
男１　指を切られるくらい悪いことだと、おまえは自分で思って、そう、反省したんだな
子２　はい
男１　（男２へ）どうも、そういうことらしいです
男２　ああ……
男１　（子３へ）よし、最後
子３　おれは、あの、ちょっと万引きしようってなって、のりで、なんか、そんな感じで、なんか、できるかな、けっこう人いるし、って
男１　大事なとこだけでいいよ
子３　はい。あの、おれ、見張ってる、って言って。で、見てました
男１　見てただけか
子３　本当、見てただけで、見てただけなんですけど、だけど、おれ、でも
男１　結局、なんなんだ。反省したか、どうか
子３　あの、おれ、キャベツ太郎
男１　またはじまった
子３　おれ、本当は、キャベツ太郎
男１　キャベツ太郎は分かったよ。じゃあ、おまえは、キャベツ太郎は反省したのか
子３　はい、しました。新聞
男１　（男２へ）こういうわけですわ
男２　はあ……では、学校のほうに
男１　わたしが、連れていきます
男２　いえ、そんな
男１　わたしが
男２　……おねがいします
男１　すぐに、行きます
男２　ありがとうございます。では……（去る）

　間。

男１　明日から、毎朝そうじしてもらうかな。集会所を
子１　え
男１　万引きした、罰だろうが
子２　え
男１　十日間くらい、やってみるか
子３　はい
男１　ありがとうございます、だろう
子１　ありがとうございます
男１　道具は、町内会で貸してやるよ
子２　イエス
男１　それと……ちょっと、おれも、言いすぎたところもあるから……今日のことは、先生とか、家とかで、あんまり言うな

　間。

男１　忘れなさい

　間。

男１　キャベツ太郎
子３　はい

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　――幕。