千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)って、ご存知でしょうか?
それは、修行僧(行者)が京都と滋賀の境にある比叡山の峰や谷を約1000日、7年かけて合計約4万キロを歩き巡礼する、非常に過酷な仏教・天台宗の修行。
この修業は平安時代に始まり、驚くべきことに現代でもなお続いているのです。
しかし、歴史の中でこの荒行を満行(終了)した人は、記録に残る限りわずか50人ほどらしい。
いかに過酷な修行かわかります。
今回、この千日回峰行が行われる拠点となる、比叡山無動寺明王堂(みょうおうどう)を訪ねました。
明王堂は徒歩でしか行けない山の中にあるので行くのが大変でしたが、そこはとても厳粛な空気が流れる修行の場所で、とても印象に残りました。
比叡山延暦寺はユネスコの世界文化遺産に登録されていることでも有名。
そして、無動寺明王堂は比叡山延暦寺の一角にあります。無動寺は延暦寺の塔頭なのです。
なので、まずは延暦寺方面へ向かうことになります。
延暦寺への行き方はいろいろあるのですが、無動寺明王堂へ一番近いのは琵琶湖側からケーブルカーで比叡山を登るルートです。
まず、京都駅からは琵琶湖の西岸を走るJR湖西線に乗り、比叡山坂本駅で下車します。新快速電車で15分ほど。
比叡山にはケーブルカーで登れるので、JR比叡山坂本駅からケーブル坂本駅へ向かいます。
この駅間は歩いて20分と書かれているガイドもありますが、行きはずっと上り坂でしんどく20分以上かかり、夏は暑くて熱中症になって最初から体力が削がれるので、歩くのはやめたほうがいいと思います。
ケーブル坂本駅行きのシャトルバスがJR駅から出ているので、これに乗りましょう。
エアコンで涼しい車内にて7分くらいで到着です。文明の利器すごい…。
比叡山坂本ケーブル坂本駅に到着。
左に見えるバスはJR駅とのシャトルバスの江若バスです。
ここからケーブルカーに乗るよ!
比叡山坂本ケーブルは全長2025mと、日本一長いケーブル路線だそうです。
比叡山は霊峰であり、本来は歩いて登山することが参拝となり望ましいと思いますが、軟弱者の自分はそんなこと言ってられないので、文明の利器に頼ります。
ケーブルカーに乗ってわずか11分で終点のケーブル延暦寺駅に到着、早い!
ここは標高638m。下界より4度涼しいとホームの看板に書かれていましたが、この日は盛夏でめっちゃ暑いので、4度低くてもかなり暑いのです。
さて、この立派な駅舎の右手に何やら小さく石柱が写っています(白い矢印)。
何でしょう? 行ってみましょう。
鳥居があって、「無動寺参道」との石標があります。
このケーブルカーの駅から無動寺明王堂へ行くのです。
もちろんここからは徒歩しか手段はありません。
それにしても、お寺なのに鳥居?
無動寺明王堂は無動寺谷にあります。谷なのでどんどん山道を下ってゆきます。
山道ですが、砂や小石が敷き詰められて良く整備されています。
なにより、長い道のすべてに箒で掃いた跡があり、きれいなのです。
これは若いお坊さんが毎朝この参道を掃いているとのことです。すごい。
早くも修行場の雰囲気が漂ってきます。
ちなみに、道を歩いていても誰も見かけません。
比叡山延暦寺の根本中堂などへの参拝者は多いのですが、無動寺谷は行くのが大変だし、そもそも修業の場なので訪れる人は少ないのです。
でも、僕は行きます!
かなり歩いて下ってきました。
ケーブルカーの駅から徒歩15分で明王堂に到着とありますが、15分経ってもまだ到着しません。写真を撮りつつゆっくり歩いているからというのもありますが、15分で到着って歩き慣れている修行僧の所要時間じゃないのかな?
ここは途中にある閼伽井(あかい)です。
閼伽井とは仏様にお供えする水を汲む井戸のこと。
特にこの閼伽井はとても重要な意味を持つのですが、それは後ほど。
延々と坂を下ること、20分ちょっとでお寺が見えてきました!
めちゃくちゃ暑いので、すでに疲れました。
ん? ずっと坂を下っているということは、帰りはずっと登り。
すでに疲れているのに帰りはどうなるんだろう?
まあ後のことは気にせず拝観しましょう。
これが千日回峰行の拠点、無動寺明王堂。
参拝者は誰もいません。
蝉の声だけが聞こえる静かな夏の山ですが、修行の場だけあって暑い空気もピリッとしているように感じます。
そして振り向くと…。
素晴らしい夏空と、眼下に琵琶湖が見えます。
いい景色ですねー。
でも、歓声を上げたりする雰囲気ではまったくありません。
私語は控えめにという厳かな感じ。
では、明王堂に上がらせていただきます。特に拝観料は必要ありません。
中は残念ながら撮影禁止。
ご本尊はもちろん不動明王(秘仏)なので、手を合わせます。
そしてここは、千日回峰行の拠点。
千日回峰行とは、約1000日間、比叡山や京都の街までを巡り礼拝するとても厳しい僧侶の修行。
途中で離脱することは許されず、続けられないときには自害します。
無事に千日回峰行が終了したお坊さん(行者さん)は「大阿闍梨(だいあじゃり)様」と呼ばれ、生身の不動明王となります。
もう少し詳しくは、延暦寺公式サイトの説明を見ましょう。
千日回峰行は7年間かけて行なわれます。
1年目から3年目までは、1日に30キロの行程を毎年100日間行じます。
定められた礼拝の場所は260箇所以上もあります。
4年目と5年目は、同じく30キロをそれぞれ200日。ここまでの700日を満じて、9日間の断食・断水・不眠・不臥の“堂入り”に入り、不動真言を唱えつづけます。
6年目は、これまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日。
7年目は200日を巡ります。前半の100日間は“京都大廻り”と呼ばれ、比叡山山中の他、赤山禅院から京都市内を巡礼し、全行程は84キロにもおよびます。最後の100日間は、もとどおり比叡山山中30キロをめぐり満行となるものです。
延暦寺公式サイトより
こんな道を毎日のように回り続けるのです。
地図は平面ですが、実際は山なので高低差がとてもあります。
こりゃ大変ですね。
そして、京都大回りはこれほどの長い距離。
比叡山から下ってきて、京都市街だいたい一周やん。
行者さんは単に歩くだけではなく、歩きながら沿道でひざまずく人々の頭や肩を数珠を持った手でポンポンと叩かれます。
これは「お加持」を与えるといい、仏様のエネルギーを人々に与えてくださるものなんです。
実は僕も行者さんの京都大回りに遭遇したことがあり、その際にお加持を受けました。
そのお加持の様子を写真に撮ろうとしたら、周りの人にカメラはしまいなさいと注意されました。それはそうですね。
さて、行者さんの日々の巡礼はここ明王堂が起点となります。
また、足掛け9日間にわたり飲まず食わず寝ずで死の直前まで行く修行「堂入り」も明王堂で行われます。
では、千日回峰行は具体的にはどんなふうに修行されるのでしょうか?
この様子を収めた貴重な映像をYoutubeで見ることができます。
明王堂の横には、この千日回峰行を始めた相応和尚の石像があります。
山王鳥居もあって、神仏習合ですね。
また、明王堂にはお坊さんがおられたので、御朱印もいただきました。
「無動尊」と書かれています。
なかなか訪ねるにも大変な、山の中の修業の場を訪問した証であるこの御朱印、値打ちがあると思います。
このように明王堂は修業の場らしく、静かで厳格な雰囲気が流れている場所でした。
さて、もう少し探検しましょう。
明王堂から無動寺谷をさらに下ってゆくと、他のお堂もあります。
大乗院。
親鸞聖人が出家した後、最初に修行されたと伝えられる場所。
さらに下って、こちらは中華風の門の玉照院。
玉照院からわずかに下ると、あらら、道には柵が。
ここで行き止まりかな?
と、書いてある文字を見ると…。
↑坂本方面
ケモノ除けの扉です!
※扉はきちんと閉めて下さい。
ということなので、人間様は扉を開けて奥に行けるようです。
でも、扉の向こうは荒れた道だし、建物もないので誰も行かなさそう。
人気もないし、なんだか怖いし…。
この道は無動寺坂と呼ばれ、回峰行の行者さんが通る「行者道」です。
ここから先には比叡山の回峰行の始祖である相応和尚のお墓などがあるらしいのですが、修行ならともかく、そんなマニアックな場所を見に行く人なんていないでしょう?
と思っていたら、なんとこの先のお墓を見に行った記事がここALISで書かれているんですよね!
驚きました。
それは、倉田幸暢さんのこの記事です。
しかも倉田さんはこの柵の先の道を下ったのではなく、麓から比叡山を登ってここまでたどり着かれているんです。いやぁ倉田アニキ、半端ねぇ…。
というか、この記事は貴重ですよ。ALIS舐めんじゃねえ。
まあ僕は倉田さんと違って軟弱者なので、ここで引き返しました。
実はここから引き返すのも大変なのですが…。
さて、引き返しましょう。
と、少し考えると行きはずっと下りだったわけですから、帰りはこんな石段を始めとした登り道ばかりじゃないですか!
山とはいえ盛夏なのでとても暑く、下るだけですでにバテています。
どうしよう~?
でも、登るしか無いので汗だくで坂を登ります。
と、登る帰り道の途中で別の下りの道がありました。
バテてますが、せっかくなので寄ってみましょう。
ここは無動寺弁天堂。
名の通り弁天様が祀られていて、なんだか庶民的な雰囲気。
延暦寺の中なのですが鳥居があって、神仏習合の時代をとどめています。
厳しい修行の場である無動寺谷で、ちょっと気持ちが緩むような場所でした。
参拝者は僕の他には年配の女性一人だけ。
常連さんのようで、慣れた手つきでこのようにお線香を立てたり水をお地蔵さんにかけたりされていました。
さて、しばし休んだので、また山道を登らねば!
弁天堂までまた下ってしまったので、さらに登りが大変です。
汗が吹き出る吹き出る。
喉が渇くー!
ああ、冷たい沢の水でもないかなぁ。冷水を飲みたいし、顔も洗いたい!
と思いつつ登っていたら…。
行きに通りがかった閼伽井が見えてきた!
さっそく手を清めるどころか顔まで洗い、グビグビと水を飲みます。
おお、ちょっと生き返ったよー。
閼伽井、いい場所にありますよね。
まさに命の水。さすが仏様に供える水、めちゃくちゃありがたいですね。
実はこの閼伽井は、千日回峰行者が堂入りしている際に毎晩深夜に明王堂から水を汲みに来られる大切な場所なのです。
飲まず食わず寝ずで死にそうなのに、坂を上り下りして不動明王にお供えする水を汲むなんて…。
ちょっと生き返ったものの、まだまだ登りは続く。
午後の暑さがピークの時間。木陰はあるものの真夏の日差しは強烈。
持ってきたスポーツドリンクも底をつき、汗は吹き出る、足腰は痛い。
ああー、もう限界だー!?
と?
おお、無動寺への入口の一の鳥居とケーブルカーの駅が見えた!
やったー、これで楽になるー。
駅に駆け込むと、そこにはドリンクの自動販売機があるではないですか!
さっそく買って、冷たい水をグビグビと。
閼伽井の水と同じく、生き返ったよー!
ということで、ケーブルカーに乗って楽々と麓に着きました。
いやー、文明の利器はすごいや。
というか、千日回峰行どころか半日回峰行すらできてないじゃん、自分。
何という軟弱者なんだろう。
まあいいか、暑いしね。と自分をなぐさめ、帰りましたとさ。
めでたしめでたし?
いくら標高が高く外界より涼しい比叡山とは言え、やっぱり夏の盛りの昼間に山中を上り下りするのは熱中症に注意しないといけませんね。
行者さんが歩かれるのは主に夜ですが、それでも夏場は暑いでしょうし冬場は寒く雪が降って大変でしょう。
僕は千日回峰行どころか半日回峰行もできないくらい。
それでも、今も残る修行の場の雰囲気に少しでも触れることができてとても良かったです。
独特のピリッとした、ゆるさを感じさせない空気。でも清らかで背筋がちゃんとするような雰囲気。
昔からの修業の場が今もしっかりと生きていて、そこで人が厳しい修行をしていることを現地にて感じることができ、改めて驚きつつ比叡山をあとにしました。
Camera: LUMIX G8
Lenses: LEICA 15mm F1.7, LUMIX 25mm F1.7
千日回峰行と並んで過酷な修行と言われる「十二年籠山行」が行われている、比叡山延暦寺浄土院を訪ねた記事です。
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