前回の続きになります!前回「転売ヤー」という用語の共通認識を整理しましたので本稿で語る転売ヤーについては当然下記のような行為をする方は含まれず、まともに一定のリスク(借り入れや在庫)を背負ってビジネスをしている方を指します。
・生活必需品の買い占め
・一定の条件を満たすコンサートチケット等の転売(条例違反)
・古物商を取得していない(無免許営業)
これを前提として転売というビジネスの本質を考察していければと思います。
■余剰利益は経済成長の伸びしろである
余剰利益というのは、生産者で言えば販売価格から生産コストを控除した金額であり、消費者であれば本来は○○○円相当のものを安く購入できたという「いわゆるお得感」のことを言います。
スーパーのおつとめ品や特売のものを購入すると、今日は○○○円安く買えたなど満足感に浸るのは日常茶飯事ですが、この状態を明文化すると上記の画像のように、お店側の利益と自分が得したと感じた部分がトータルで総余剰として生まれます。
生産者余剰と消費者余剰の大きな違いは、生産者余剰は実現利益であり、消費者余剰はこの得した分を他の消費に回さない限り「貯蓄」を構成するため未実現の利益と言えます(貯金とは言え実現利益と言えばそれもそうです)
経済学的にはこの総余剰が多い状態は経済的伸びしろが大きく、逆に「買って損した」と消費者が感じるような状態は評価額よりも大きなお金を支出しているので満足度が下がり、衰退する可能性を孕んでいます。
衰退例をあげると、居酒屋のお酒の販売価格がコロナ前とくらべて安くなっているのは、消費者の中に「家飲みなら3分の1のコストで飲める、ソフトドリンクもウーロン茶1杯300円とか馬鹿げてる」など良くも悪くも(笑)金銭感覚が変化したことを店側がニーズとして捉えたからと言えます。
外出自粛状態のため、意地でも客を入れるための苦肉の策とも言えますが、その場合でも理屈は一緒で、消費者マインドとしては「そこまで安くしてくれるなら行ってみるか!」となっているため、いくらお酒が安くなっていてもそこに消費者余剰など存在しないのです。
■消費者余剰があるところに転売は存在する
上記の衰退例とは逆に成長例をあげると、任天堂Switchが強烈に記憶に残っていますが、引きこもり需要の恩恵を受けたもの全般が上げられます。
物の値段とは本来需要と供給のバランスで成り立ちますがSwitchなどの耐久品については急激に需要が増加したからと言って生産ラインを増産するといったことは経営戦略上リスクが高いため基本的に行いません。
(前半の画像で出てきたたまごっちの例がありますのでw)
そして卸値や希望小売価格を一時的に引き上げるなどといったことも日本の商文化には存在せず結果として小売価格が変動することはありませんでした。
こうなると消費者余剰は平常時よりも大きくなりますのでその大きな消費者余剰を売上として実現しようと考えるのは極自然な発想(むしろ健全)であり、しかも昨今ではメルカリなどのフリマサイトが増えてきていることから個人で販売することによるハードルが年々下がってきています。
(当然規約違反はダメです)
消費者余剰のリサーチ、個人販売のハードル、このいずれも低下している現代において転売ビジネスは自然に生まれたものと捉えるべきでしょう。
■転売ヤーに相手にされないのもまた問題
私もALISブログでお馴染みのクリスペのユーザーですが、クリスペがユーザー数含め経済的にまだまだ発展途上だとわかる例が直近で一例あります。
陰陽師イロハというカードが近々リリースされますが、このカードのリリースに伴って明らかに強化されるデッキが存在します。
いわゆる「天罰デッキ」と「ノーザンデッキ」又はこの複合ですが、イロハの登場で明らかな強化がなされるにも関わらず、MAGIの販売価格は全く変わっていません。
8/21執筆時点でも天罰が3000円~4000円程度で3枚売られていますので正直買い占めちゃおうかしら(笑)と思ったりしますが、あまりにも無風なので今のところ様子見ですw
同じことを思って天罰デッキを作ろうと思った人が「3000円で買えるところを転売によって1万円になったらただただ不幸なだけじゃないのか?」というのが転売批判の人たちの意見ではありますが、批判を恐れずに書けば、そもそも転売ヤーにすら相手にされない方がビジネスとして問題があるとも言えるのです。
そもそも「本来は3000円」という定義が謎であって、先に書いた生産余剰・消費者余剰なんて人それぞれの話なんです。
2万払ってでも買いたいと思っている人からすると1万で買えたら得したと思うし、このカードは3000円の価値しかないと思っている人はわざわざ消費者余剰を赤字にしてまで買う必要なんてないのです。
もし大多数の人間がそれでも3000円以下の価値しかないと思えば先に説明した居酒屋のように安売りしてくるだけのことです。
以上転売ヤーの考察になります!
転売ヤーの定義を明らかにして議論をすることで、転売という行為はどんなに卑屈な目線でみても「必要悪」に留まり、存在自体が悪ということにはならないのではないでしょうか。
余剰を意識して取引するのは転売に限らず株式や仮想通貨も同じことですので、需要供給を体感する教養の入門として転売ビジネスはありかなと思ったりしますw