池田達也さん(えもいてんちょう)の著者「しょぼい喫茶店の本」を読んでみた。この本は、著者であり、のちに「えもいてんちょう」を名乗る男性が就職活動に失敗し、一度は自己嫌悪に陥るものの、小さく起業して喫茶店を立ち上げたお話。
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「えもいてんちょう」はぼくと同い年で、大学卒業が2018年3月っていうのも同じで、ひとの評価や機嫌を必要以上に気にして生きてきたあたりも似ていて、勝手ながらかなり近いものを感じ、本書をじぶんごととして没入して読むことができた。お金ないから立ち読みだったけど。
本書によると、「えもいてんちょう」は、大学受験まではトントンと進んだものの、大学生になってからは、まわりの友達と同じようにバイトをしたり就活面接でハキハキ喋ったりといったことができなかったそう。そして、就活は失敗。
その後は、自己嫌悪に陥り不眠症になり、死にたいとおもっていたとか。就活以外にも、他人からの目や評価といったものが必要以上に気になり、精神的に辛くなることが多々あったそう。高校のバスケ部で死ぬほど自主練とか頑張ったけど顧問から「不必要」扱いされ自尊心ズタズタにされたり、大学在学を延長して留学したのに向こうの学校やホームステイ先で人と上手く関われなかったり。
そういった経験から「じぶんは社会を生きていく適性が無いのだ」と思ってしまい、「えもいてんちょう」の心は沈む一方だった。
そんななか、phaさんやえらいてんちょうさんといった、いわゆる「社会のレール」とはちがった道を歩み楽しく生きている人たちのTwitterやブログから、就職以外の生き方を知る。「社会に無理に適応しなくてもいい」とおもうようになり、カフェ開業を決意。
その後の、貯金、資金調達、開業準備など、各局面で壁にぶち当たるも、いろんな人のチカラを借り、彼自身もできることを泥臭くやり、なんとか「しょぼい喫茶店」をオープン。オープン後も紆余曲折ありながら、諦めず数多の障壁を乗り越えていく。だいぶ省いたけどおおよそそんな感じのお話でした。
本書を読んで思ったことがふたつある。
ひとつ目は、必ずしも社会に出て活躍することを目指す必要はないし、「真っ当に」社会に出る必要もないということ。
ぼくじしん、思い返すと、他人の機嫌や評価を気にしすぎていたことによるストレスからか、「帯状疱疹」「チック症」「不眠症」「顎関節症」になったことがある。目立たない程度だったし表向きでは明るく振る舞えるので周りにはバレなかったけど、今おもえば社会不適合症状はあったのかなーとかおもう。過去のイヤな記憶に関しては他人にあまり話さないし弱い記憶力を活かして忘却してるから普段は忘れているけど、「しょぼい喫茶店の本」を読んで、久しぶりに過去のイヤな記憶を思い出して、そんなこともあったなーとおもっている。市販の睡眠薬じゃ効かないから病院で強い睡眠薬をもらって使ったり、西洋医学が効かないから東洋医学の医者のところに行ったりとかしてた。思い出した。
今思い返せば、当時から社会不適合症状はあったんだろうけど、「社会に出て活躍するようなカッコイイ人にならなければならない」と思い込んでいたし、心底なれると思っていた。
そして、無事会社員になってからも、会社をやめてからも、なんとなく「社会にインパクトを与えないと」「人目を引くような何かをやり遂げないと」とかおもっていた。
でも、「しょぼい喫茶店の本」を読んでからは、そんなことよりも、仲間がいること、温かく居心地の良い場所があること、自然体でいられること、こういったことが大事なんじゃないかと思えた。もちろん、社会に出てこういったことがしたい!とかがあって、そのために全力を尽くすという生き方ができるってすごいなーっておもうけど、全員が全員そんなふうに生きなくてもいいのかな、とおもえた。学んだ。
2つ目は、じぶんのほしい環境があるなら、自由を捨てることも覚悟でやる必要があるということ。
そもそも「自由」とは心の中で作るものだから、それに捉われすぎても意味がない。本当に大事なもの、心から守りたいもののためには、捨てなければならないこともある。じぶんにとって譲れないものがあるなら、ほかを捨てる覚悟を決める。
「できること」と「できないこと」があるということを心から認める。ぼくは強力な武器を持っていない「ザコキャラ」であると認める。
「グルーヴは1人じゃ生まれない」
本書で紹介されていたこのコトバ。じぶん1人で出来ることなんてたかが知れている。「楽しい」「心地いい」場なんて1人では作れない。謙虚にできることをやる。周りの人に頼り頼られ、感謝し感謝され生きる。当たり前のことかもしれないけど、忘れがちなことを思い出させてくれた。