プラスチック廃棄物、特にポリスチレンの汚染は、現代社会における深刻な環境問題の一つです。
ポリスチレンは、食品容器、電子機器の保護材、工業用の包装材などに広く使用されていますが、その耐久性と分解の難しさから、長期間にわたって環境中に残り、重大な汚染源となっています。
従来のリサイクル方法には、化学処理や熱処理が一般的ですが、これらの方法は高額であり、処理の過程で新たな汚染物質を生成するリスクが伴います。
そのため、科学者たちは、昆虫や微生物などの生物の力を利用したより持続可能な廃棄物処理方法を模索してきました。
今回紹介するのは、そんな生物によるプラスチックの分解についての記事です。
どうやら、ケニアで新たに発見された昆虫が、プラスチック廃棄物問題への新しい解決策として期待されているようです。
ケニアの小型ミールワームの幼虫が、ポリスチレン(発泡スチロール)を摂食して分解できることが確認されました。この昆虫の腸内細菌がプラスチックの分解を助けていると考えられており、持続可能なプラスチック廃棄物処理方法の開発に繋がる可能性が注目されています。
参考記事)
・Plastic-Eating Insect Discovered in Kenya Is The First of Its Kind in Africa(2024/11/12)
参考研究)
昆虫生理生態学国際センター(ICIPE)の研究チームは、ケニアに生息する小型ミールワームの幼虫がポリスチレンを摂食し、腸内細菌によって分解する能力を持つことを発見しました。
この小型ミールワームは、暗黒虫(Alphitobius属)の幼虫であり、成虫になるまで約8~10週間を要します。
通常、この幼虫は家禽飼育所で見られることが多く、温かく安定した食料供給がある環境で成長しやすいとされています。
小型ミールワームはもともとアフリカに生息していたと考えられていますが、現在では世界中の多くの地域に分布しています。
今回の研究で調査された種類は、Alphitobius属の亜種である可能性があり、現在、さらなる遺伝的調査が行われています。
科学者たちは、ポリスチレンを分解する能力が、幼虫の腸内に存在する細菌の働きによって支えられている可能性に注目しました。
腸内細菌は、昆虫の食べた食物を分解し、栄養を吸収する役割を果たしていますが、ポリスチレンのような通常の食物とは異なる物質を分解できる特別な酵素を生成する場合もあります。
この研究では、幼虫に対して以下の三つの食事パターンで実験が行われました。
1. ポリスチレンのみ
2. ふすま(栄養豊富な飼料)のみ
3. ポリスチレンとふすまの混合
実験の結果、ポリスチレンとふすま((小麦をひいた時にできる皮のくず)の混合食を与えられた幼虫は、ポリスチレンのみの食事パターンと比べて高い生存率を示し、ポリスチレンの消費効率も向上しました。
この結果は、幼虫が栄養豊富な食事と共にポリスチレンを摂取することで、より効率的にプラスチックを分解できることを示唆しています。
さらに、ポリスチレン単体でも幼虫が生存可能であるものの、栄養が不足しているため、ポリスチレンのみを効率的に分解するには至りませんでした。
幼虫の腸内細菌の組成を詳細に分析したところ、ポリスチレンを摂食している幼虫の腸内には、Proteobacteria(プロテオバクテリア)とFirmicutes(フィルミクテス)と呼ばれる種類の細菌が多く含まれていることが分かりました。
これらの細菌は、複雑な物質を分解する能力を持つことで知られ、様々な環境に適応しやすい特徴を持っています。
特に、Kluyvera、Lactococcus、Citrobacter、Klebsiellaといった細菌が大量に存在しており、これらの細菌は合成プラスチックを分解する酵素を生成できることが知られています。
これらの酵素を持つ細菌は、幼虫や周囲の環境に有害でないため、将来的に安全に利用できると考えられます。
この発見は、昆虫の腸内に存在する特定の細菌が、プラスチックの分解において重要な役割を果たしていることを示しています。
これは、昆虫自体がプラスチックを分解するのではなく、プラスチックを摂取することによって腸内細菌の組成が変化し、特定の細菌が増えることで分解能力が向上する可能性を示唆しています。
つまり、幼虫の腸内細菌が、ポリスチレンのような特異な食物に適応することができることが確認されました。
これまでにもTenebrio molitor(ミルワーム)やZophobas morio(スーパーワーム)など、特定の昆虫種がプラスチックを摂取し分解する能力を持つことが確認されてきましたが、今回の研究はアフリカ固有の昆虫種に焦点を当てており、特にアフリカ地域のプラスチック廃棄物問題に対する解決策として期待されています。
アフリカでは、プラスチック製品の輸入が多く、廃棄物の再利用やリサイクルが進んでいないため、プラスチック汚染の問題が深刻化しています。
この研究の最終的な目標は、昆虫を大量に放出することではなく、彼らの腸内細菌や酵素を利用し、プラスチック廃棄物をより効率的に処理する手法を開発することです。
工場や廃棄物処理場で、これらの酵素や細菌を利用することで、大規模なプラスチック廃棄物処理が可能になると期待されています
今後の研究では、ポリスチレン分解に特化した細菌株の分離や、これらが生成する酵素の特定と大量生産が行われる予定です。
また、ポリスチレン以外のプラスチックに対しても、同様の昆虫や細菌が有効かどうかを調査することが重要な次のステップとなります。
さらに、昆虫を利用したプラスチック分解が長期間にわたり可能かを調べ、昆虫の健康維持や結果として得られる生物残渣(昆虫の排泄物や死骸)を動物飼料として利用する際の安全性評価も行われる予定となっています。
・ケニアの小型ミールワーム幼虫がポリスチレンを食べて分解できることが発見された
・ワームの腸内細菌(ProteobacteriaやFirmicutesなど)が、酵素を利用して分解を助けている可能性が示された
・今後は特定の細菌株や酵素を分離・大量生産し、さらに他のプラスチック分解能力も調査することで、プラスチック廃棄物問題の解決策の実現が期待される