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ここは都内某所。
古めかしいビルにえんじのカーペット。
バブルの時はさぞかし儲けたのだろう。
ここに陰陽師がいれば「お待ちください!」と言いかねない陰な気を感じるが、仕方あるまい。
システム開発において営業が担う役割は大きい。いや、どんなビジネスでも契約がすべてだ。そう、営業部長である私の肩に、本プロジェクトの命運がかかっている。
いざ、勝負の時だ。
会議開始から、既に2時間半は過ぎた。
契約書の「てにをは修正」から開始し、次第に明らかになってきたこと。
話が、噛み合わない。
課長から事前に受けていた報告&議事録の内容と、目の前の顧客が発する言葉が全く一致しない。
「いやいやそうは言いましても」
何度この言葉を発したか。
「先日の議事録にも書いてある通りですね」
わかるか?
こういう客がいるから議事録(※)は大事なんだ。
「え? ぎ、議事録が間違っている!?」
「いやもう稟議は、、は? 勘違い?」
なんだここは。
軽い眩暈を感じる。
まさか、時空が歪んでいるのか?
先方の部長が、ゆったりとした動きで手を組む。
「こちらも困るんですよね、契約が遅れると」
明日から毎日、同じ時間に契約内容を集中検討しましょう、いいですね?
「わ、わかりました」
お前のせいだよ遅れているのは。
出かけた言葉を飲み込む。
お時間をいただきありがとうございます。
低姿勢を貫き、会議室から解放される。
既に会議開始から3時間が経過していた。
集中検討を開始してから5日目、
進展なきまま、ついに最終日を迎えた。
毎回3時間近い会議時間が割かれ、出席者は日々増加。いったいこんなに人を増やしてどうするつもりなのか。先方出席者は長机に収まらなくなり、2列になった。
対する我々は、営業部長である私、営業課長、開発チームのプロジェクトマネージャーにSE2名の計5名のみ。特に問題はないのだが、人数比で受ける圧力は半端ない。
会議室の酸素濃度が落ちているのだろう。
1時間を超えると意識が朦朧としだす。
輪をかけるのが会議内容。
「いえ、あの、ですからこれは前回議事録にもですね」
ループものファンタジー小説の主人公はこんな気持ちなんだろうかーー。二次元に思いを馳せたくなるほどに同じ問答を繰り返している。
そろそろ限界だ。
「お言葉ですが、弊社にも限界があります」
俺は営業部長。
最速昇進の男だ。
ここで覚悟を見せず、いつ見せる。
「コンペで提示された条件は守っていただかないと!」
ついに声を荒げる。
ほう、、、
先方部長が目を細めた。
長机の端に座っていた若者が、突然立ち上がりドアに向かう。
がちゃっ!
「え?」
わざとらしい音をたてて、
会議室に鍵がかけられた (※)。
酸素濃度が危険レベルまで低下、
室温もかつてない低下傾向を示している。
回らない頭でぽかんとする我々の前で
先方部下がうやうやしく灰皿を差し出す。
す、すっぱぁぁぁぁぁ!?!??!
白く霞む視界。
心は完全に動揺中。
隣の課長の手は震えている。
「あんたら、舐めとんのか?」
え、いえ、、いえ?
どゆこと?
状況に思考が追い付かない。
ばっさぁっ!
「ひ、ひぃっ!」
契約書類が投げ飛ばされ、宙に舞う。
い、いや、そういうわけでは、、、
け、契約破棄?
それは困ります、困りますお客様!
議事録の変更?
ですから既に稟議もかけて、、いえ、、
ばっさぁぁぁ!!!!
更に降りかかる書類の雨とペン達。
は、はい!そうですね私の記憶違いでした。
これはモジュール追加で、あーここはそうですね工数が下がるはずなので、、、はい。あ、はいそちらの開発もなんとか出来るかと、、、
隣で口をパクパクするプロジェクトマネージャーとSEたち。
あぁ?
お前らなんとかしろよ。
少し人員増やしたら対処できるだろ?
何よりも大事な俺のキャリアが、
秋の行楽がかかっているんだ、
かかってるんだよ、
なぁ、、、
「ええ、、」
「ええええ、、、」
「善処いたします、善処いたします」
一斉にメモを取り始める先方出席者2列分。
かくして「既製品のスーツ」は、
へと進化を遂げたのであった。
MALIS
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※議事録
システム開発にとっての命綱、議事録。顧客は頻繁に記憶喪失になるもんだから手が抜けない。両社ともに議事録承認を稟議にかける場合も多い。しかし、この命綱も限界がある。そう、時空が歪んでしまうとね。
※会議室幽閉
んなばかな!?
いやいや、幽閉経験のある営業SEおよびSEは割といる。一刻も早い脱出を試みよう。