"Make America Great Again!"
赤い男は
ひたすらに叫ぶ。
腕を振り回し、顔をしかめ
どうだ、これを望んでいたんだろ?
プラカードを掲げ熱狂する民衆に
満足げな顔を向ける。
さて、
次は何を話そうか?
どんな言葉を、聞きたいんだい?
「赤い方が勝ったら地獄よ!」
もう少し苦いほうが好きなのだけどーー。不満げに飲んでいたカフェラテをそっと机に置く。
ホワイトボードの前で批判を繰り広げるのは、若い英語教師。
授業でそこまで主張されてもね。
横のサウジアラビア人も、その横の中国人も、フランス人も、韓国人も、みんなポカンとしている。
「移民へのヘイトスピーチなんて許せない!」
先生は興奮気味だ。
この先生、たしかメキシコ人移民と結婚してるんだっけ。
たしかに赤い男の移民批判はやりすぎだよね。
「you're fired!(お前はクビだ!)」で有名になったとはいえ、移民までFireされても困る。この国の経済は移民頼りなのだから。
でもこの赤い人、ビジネスで成功したってのがウリなわりに、手掛けた事業は大体倒産からの借金踏み倒し訴訟。そんな人にビジネスの話もちだしても仕方ないかもね。
「青が勝たなきゃだめなの!」
まーだ言ってるよ。
終わりの見えないスピーチに辟易とし、
窓の外を眺める。
今日も論文テーマは大統領選で決定かなーー。
冷めたカフェラテを飲み干した。
一方、青い女の評判もすごぶる悪かった。
みんな「Stronger Together」なんて言ってはいるけれど、その実あんまり好きじゃないんだ。
先生が青い女の真似をする。
青い女は話し終わった後、ちょっぴりチーンアップしちゃうのが特徴。そのえらっそうな感じがみんなの神経を逆なでするんだろう。
赤い男なんてチーンアップにアップアップしてるんだけど、男がすると自信に満ち溢れていると言われるんだ。この非対称性に、女性である先生もまんまとはまってるんだな。
青い女、夫の浮気を許したのも「自分のキャリアのためなら何でも許すのか」と非難されてたっけ。本人も傷ついただろうに、なんてタフな世界なのか。
えーっとそれより、、、
3rd conditionってどの仮定法だっけ?なんで高校の時に文法ちゃんと勉強しなかったのか。今更ながらに後悔ばかり。
あーぁ、いつになったら英語わかるんだろ。
曇り空に覆われたニューヨーク。
芝生で筋トレをする学生を横目に地下鉄へ急ぐ。
そして、選挙の日がきた。
「授業、なくなったんだって」
「えーそれはやりすぎだよ...」
生徒たちのひそひそ声が聞こえてくる。
大統領選は、赤い男に軍配があがった。
いつもは煩いニューヨークの地下鉄、
今日はまるでお通夜のようだ。
雨のせいか、それとも選挙結果のせいなのか、
ブライアントパーク沿いの道も活気がない。
教師の中には、選挙結果にショックをうけ授業をキャンセルしたものもいた。
気持ちはわからんではない。
移民、中絶可否、銃規制ーー。
大統領選の結果で市民が影響をうける範囲が大きすぎる。
「赤が勝ったら地獄」と騒いでいた先生も、随分ショックを受けているようだ。
でも知ってる。
この先生、学校の前で中国人へのヘイトスピーチが始まった時「文句があるならあなたも言ってくれば」って中国人学生たちに言ったんだよね。
地元から出たことのなかった10代の中国人たち。夢見たニューヨークの英語学校でヘイトスピーチを受けるなんて、どれだけショックだったことか。
みんな、自分に都合のいい正義しか振りかざさないんだ。
ニュースでは、相変わらず寂れた工業地帯の白人の怒り特集ばっかり。
貧しい労働階級の白人が赤に投票した、だって。
へぇ。
でもね、
それ、本当なの?
本当は誰が赤い男に入れたの?
何がこの男を勝たせたの?
そうだよ、ちゃんと知らなきゃいけない、
衆愚の王は、どこから生まれたのか。
そしてどこに向かうのか。
だから、
そうだね、少しばかり見てみようか?
(次へ)
gaxiiiiiiiiiiiiさんに捧ぐ
MALIS