(前の話:衆愚の王に虐げられて)
もう30分は走っただろうか。
窓の外に流れる緑を眺める。
「もう少しで着くから」
ホストが助手席から振り返り教えてくれた。
到着したのは、辺りで一番の豪邸。
吹き抜けのリビングには大きな暖炉。広々としたダイニングからは、手入れされた芝生と花壇、その奥には大きなプールが見える。
典型的なアメリカの一軒家だ。
食事まで時間があるからと言われ、地下のオーディオルームへ向かう。映画をつけ、使用人が運んでくれたカクテルを飲みながら実感する。
アメリカって、豊かだよね。
「彼は少し、子どもっぽいのよ」
鱈のソテーを食べながら、話を聞く。
和食が好きなご夫婦は、調理用の包丁から調味料まで日本製のものを取り寄せている。いただいた料理も、シンプルな味付けでとても美味しい。
「品はないけど、前政権よりはましだわ」
彼らは赤い男のサポーター。
大企業の社長に、妻は別企業の管理職。テレビが報じる赤い男サポーターのイメージとはちょっと違う。
「確かに、政策には同意できるものもあります」
言葉を選びながら、デザートのチョコレートに手を伸ばした。
連日テレビに映し出される"赤い男サポーター"は、揃いも揃って寂れた工業地帯に住む論理性を欠いた中年男性だった。
やっぱり、報道は偏ってたんだ。
選挙前のニューヨークは、そこら中に青い女支持の張り紙が出ていた。赤い男のサポーターはどこか遠い州の一部の人たち。勝つなんてありえない。
でもね、川を渡ってごらん。
マンハッタンとニュージャージーを隔てるハドソンリバー。その川を越えたら、「Go Trump!」の張り紙がそこら中にあるんだ。
遠い街の誰かなんかじゃない。
手を伸ばせば届く隣人だ。
彼らはなぜ、赤い男に投票したのか?
先に言っちゃうよ。
彼らを生みだしたのは、オバマ政権だ。
オバマ政権がまず対処したイベントといえば、リーマンショック。
ビットコイン誕生の背景にもなった金融危機だ。
リーマンショック後のアメリカは
「痛みを伴う改革によりV字回復を遂げた」
誰だったかな。地味に影響を受けダラダラと回復を遂げた日本と、急激に回復したアメリカを比較したチャートで、誇らしげに語ってくれた人がいたんだ。
でもね、"誰"がV字回復したんだろう?
確かに金融機関はV字回復した。
でもその裏で犠牲となった個人の人生は、V字回復なんかしていなかったんだ。
もう一つの大きな変化といえば、グローバリゼーション。
アメリカは資本主義よろしくグローバリゼーションを推し進め、国内の製造、インフラ業の雇用確保は後回しになった。
その埋め合わせは、グリーン・ニューディール政策のはずだったよね?
再生可能エネルギー関係の事業に投資を行い、製造業のシフトを図る!なーんて大々的に言ってたオバマ大統領。シェールガスが安く採れるって分かってから、露骨にやる気無くしちゃったよね。
結局、埋め合わせはされなかった。
社会の平等を重んじ、階層を嫌う民主党。
なのに、経済格差を示すジニ係数はオバマ政権下で拡大していった。
皮肉だよね。
豊かなアメリカは、今や皆のものじゃない。
でも、あの男を支持するのは経済に不満を持つ人たちだけじゃない。豊かで権威ある人々の中にも赤い男サポーターは存在する。
なぜ?
前政権は、外交でも敵を作ってしまったからだ。
中国への融和政策は、そもそも政権に落胆していた製造業の人々の神経を逆なでした。コピー品の問題は?品質問題は?人権問題は?南シナ海問題はどうなったんだよ? グリーン・ニューディール政策で作られたスタートアップも中国企業に買収されていった。
そしてとどめはイラン・ディール。
任期終了間際の大統領令で実現した、イラン制裁の撤廃。
急な方針転換に、イランを仮想敵国とみなしてきた人々は驚愕。サウジアラビアとの関係も悪化。ちょっと急すぎたんだ。その動揺を抑える間もなく、オバマ政権は終わってしまった。
生活は保護されず、製造業は戻ってこず、敵には媚びを売るーー。
かつてアメリカンドリームを体現した世界最強の国はどこへ行ったのか?
恐怖と、怒り。
ホームレスに手を差し伸べサンゴ礁と鯨の保護に熱心なのに、苦しむ中間層には「がんばれ」としか声をかけない、そんな奴らにはもううんざりなんだよ!
彼らの声を代弁するものは誰もいなかった。
あの男を除いてはーー。
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gaxiiiiiiiiiiiiさんに捧ぐパート2
MALIS