家にいるとひたすら眠りこけてしまう私は、
今日もカフェに行こうと決意した。
カフェに行ったって碌なことはしないのだけど、それでもラテを飲みながらのんびりネットを見てにやにやしている時間は「我が人生、最高」という気分に浸れるのでとてもいい。
窓際の席でパソコンを広げる。
ふと外に目を移した時だ。
一人の女性がカフェに入ろうとしている。
押しているのは二人用ベビーカー。
平日のニューヨークでベビーカーを押しているのはほぼベビーシッターなのだけど、彼女はシッターにしてはちょっと雰囲気が違う。何が違うかというと、年齢や人種や着ている服なのだけど、あとは感覚的なもの。
母親なりたてです、って感じだ。
カフェの扉は片側しか開かず、彼女の大きなベビーカーは通ることができない。店員に言って開けてあげようかな、と思っていたら諦めたのか歩き出した。
いや、数歩いったところで止まり、つまりちょうど私の目の前のガラス越しに、難しそうな顔をしている。
道路を眺め、
店内を眺め、
眉間にしわをよせーー。
次の瞬間、彼女はベビーカーを外に置いたまま店内に飛び込んできた。
「だめだ!」
反射的に席をたつ。
ここは治安の非常にいいエリア。
歩道は広く日本の4倍はある。
カフェは小さくガラス張りで外は丸見えだ。
それでもダメだ。
何がダメか?
第一に、ニューヨークで小さな子どもを一人にすることは許されない。
近くにいるとはいえ、警察がきたら彼女はどうなるだろうか。罰金、逮捕、、、最悪、虐待とみなされ子どもと離れ離れに暮らすことになるだろう。
第二に、誘拐だ。
ニューヨークでは子供の誘拐が絶えない。
車で子どもが連れ去られると、市民にはAmber Alertと呼ばれる警報システムが作動し、連れ去った車の特徴などがスマホに届くようになっている。
市民の協力で見つかることもあれば、残念ながら続報がない場合もある。このエリアではまだAlertを見たことがないが、被害にあわないとは言い切れない。
「娘たちが外にいるので先に行かせて!」
焦る母親の言葉にみんなが驚き、列を譲る。
コートを着て、彼女に「見とくよ」と声をかけた。
外にでる。
見知らぬ子らの乗ったベビーカーに手をかける。
職務質問されませんようにと願いながら。
なんだか変な感じだなぁと白い空を見上げる。
いやはや寒い。
こんな寒い中ベビーカー押してきたのか、しかも双子、大変だなぁなどのんびり考えていたら、母親が走って戻ってきた。
泣きそうな顔で感謝の意を伝えられた。
「いえいえ!私なんてカフェで日本のアイドル情報眺めてるだけのへんた、、じゃない暇人ですから」
と心の中で言って、にこりと微笑んだ。
席に戻ったら隣のおじさんが「君のパソコンとられないか見といたよ」と声をかけてくれた。「ありがとう」と伝え、外を見る。
母親は、寒風吹きさらす空の下、コーヒーを飲みパンをむさぼるように食べていた。
時間がなくてお腹ペコペコだったのかな。
血糖値低すぎて頭回ってなかったんだろう。
次はもっとうまくやってよ?と思い、一人またネットの世界に沈み込む。
ニューヨークは先進国の大都市だ。
なのに時々、ド田舎にある自分の地元に帰ったような、道行く見知らぬ人に挨拶していたあの頃のような、不思議な感覚を味わうことがある。
ちょっと面倒になることもあるけれど、
この街のつながりが私は好きだ。
MALIS