台風の影響で関東近郊も大雨だったり雷が鳴ったりしていたため、引きこもりがちに。お天気病のような感じで体も怠かったので仕事もそこまでできずゆっくりとする。
お昼は出前で餃子などを食し、夜は外に出かけてうどんなどを食べた。体たらく。運動量のわりに食べ過ぎである。
午前中、『刑事7人』というドラマの新シリーズが7月から放送されていたのだと今頃知ったので垂れ流していたら、水田環役の倉科カナさんが1話ですでに卒業というさみしい事実を知ることに。
『刑事7人』はお気に入りのシリーズですべて見ているのだけれど、水田環は初期からのメンバーだったのでいなくなるのは本当に悲しい。紅一点でよかったし、倉科カナさんはすきな女優さんのひとりなので残念である。
お気に入りのシリーズといっておきながら、放送されていることすら知らなかったのだからファンとはいえないのかもしれない。なぜここまで疎いのかといえば、Netflixをみてしまうからであり、いや、そもそも自宅にテレビを置いていないからだ。
わたしの部屋にはテレビがないので、友だちの家やビジネスホテルで静養するときにたまに見るぐらいなのだが、そのときにいちばん興味をひくのはCMである。CMの旬を知らないのはいかんともしがたいようにおもう。CMのためにテレビをまた自宅に置こうか考えるぐらいだが、CMのためだけなら要らないだろうともおもう。なので今後もテレビを置こうとはおもっていない。
この2日間ともだちの家に滞在しているのでテレビは見放題である。チャンネルを回す、ということばはまだあるのだろうか。世代ではないけれど、昔はリモコンなどなくて、テレビに備え付けられているダイヤルのようなものがあってそれを回して見たい局を選んでいた。だから「チャンネルを回す」ということばが成立しているのだが、リモコンでボタンを押し、チャンネルを切り替えるようになっても「チャンネル回してくれる?」という人もいるだろう。このことばはもう昭和生まれしか通じないのだろうか。
いや、昭和生まれの夫婦のあいだにうまれた平成・令和生まれに対して、「チャンネルを回す」ということばを日常的につかっていたとしたら理解することはもちろんそのことばを使う若者たちがいるのかもしれない。
こんなことを考えながらきょうも夜は更けてゆく。
死語などといって馬鹿にされたりすることばたちを、わたしは深く愛している。それ、古いですよ。とおもわれてもいわれても、そのことばがあったこと自体が、日本語の財産だとおもうし愛おしい。