「まもなく電車が参ります。黄色い線の内側まで下がってお待ちください」
ホームにフラッシュの閃光が連続した。鉄道ファンたちのカメラの列の中に、変わった電車が近づいてくる。30年ぶりに復刻された旧型車両が鉄道会社の記念行事のために期間限定で走るのである。緑色の塗装、流線型を意識して造られたらしいがどう見てもかわいらしいぬいぐるみの熊のような先頭車両の運転席まわり。昭和のノスタルジアがそのまま凝縮したような鉄の塊がホームに滑り込む。当時は「未来」とか「発展」「進歩」を連想させた車両は、今では機械油の臭いにつつまれた骨董品になっている。
ドアが開くときにかなり大げさな音がした。よく分からないが自動扉の原理を想像させるような機械的な音だ。乗り込んでみると車内は狭く感じた。つり革も座席カバーも当時そのままではないのだろうが、それでも十分に昭和の形だ。動き出すとかなり揺れた。そのたびに乗客から歓声が上がる。それはみな昔を懐かしむ声であり、昔を知らぬ者が味わう新鮮な驚きの声である。
私がこの電車に乗り込んだのはとてもセンチメンタルな思い付きだった。肩にかけた鞄の中には一枚の手紙が入っていた。私は手探りでその手紙の位置を確かめた。もう一度読みたくなったが、いまはそれに相応しい時ではない。小学生の女の子がその母親に懸命に話しかけている。
「ねえ、約束破ったらハリセンボン飲ますっていうけど、ハリセンボンって何」
「針を1000本も飲ませるぞってことよ。針は1本だって痛くて飲めないでしょ。それを1000本も飲ませるって言うのよ」
「無理だよ。そんなこと」
「そうよ。だから約束は破っちゃだめなの」
私はほほえましい親子の会話に自然とひきつけられていた。なんだか懐かしい。そんな思いがしていた。