幕末の終焉を告げた、江戸無血開城。
教科書の上では数行で書かれたこの出来事は、勝海舟と西郷隆盛が成し遂げた、日本史史上もっとも成功した交渉だったとも思う。勝は幕府首脳陣から渡された交渉条件を提示するだけで殺される危険性があった。西郷にもそのような条件を受け入れれば失脚、最悪殺される危険性があった。それでも二人は日本のために交渉を合意に導いた。
交渉とは会談のその場で決まるものではなく、むしろ事前の交渉条件や情報収集によって決まる。勝は交渉条件を譲歩できない代わりに、江戸焦土作戦と幕府が所有する艦隊で脅しをかけた。また自分の人脈と情報網を使って官軍の弱みを探った。それは西郷なら察するだろうというギリギリの交渉ラインを探った。
西郷隆盛という人物は温和で器の大きい人物というイメージがある。また実際には頭が切れて非情な決断もできる人物でもあった。ただ私は西郷の最も際立った性質は礼儀正しさと感情抑制だと思っている。
西郷は日頃から部下や身分が下のものにも礼儀正しい態度をとっていた。これは敵である勝に対しても同様である。強者としての威圧感を与えないことが交渉をむしろ冷静に勧められた要因だったと思う。勝の出した降伏条件も常人なら激怒してもおかしくないものだった。幕末という時代において、この二つが欠けた人物は多く(多分礼儀が最もなかったのは徳川慶喜)、それだけに西郷の特異性は際立ったのかもしれない。
幕末という時代は多くの有能な若者が死んだ。坂本龍馬、吉田松陰、高杉晋作など数知れない。有能な人物の中で数少ない生き残りだった二人が最重要交渉に臨めたのはある種の奇跡と言ってもいいのかもしれない。
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