◆“改革”の逆効果・・・かえって旧勢力を強くする
今から500年ほど昔の1517年、マルティン・ルターが「95カ条の論題」を発表した。
いわゆる「宗教改革」の始まりだ。
宗教をめぐる激烈な論争は、やがてカトリック教会とプロテスタントという両勢力への分離をもたらしたことは、ご案内のとおりである。
さて、この「宗教改革」という言い方についてである。
一見すると、プロテスタントという改革派が、カトリックという旧守派を打倒するべく起こした運動だと、そんな印象を受ける。
しかし、ことはそう単純ではない。
なぜならば、プロテスタントの勢力拡大を受けて、カトリックの側も自らの改革に乗り出したからである。
これを「対抗宗教改革」という。
カトリックは滅びなかった。
むしろ「対抗宗教改革」によって、すさまじい勢いで巻き返した。
ヨーロッパでは勢力を維持し、アジアでは伸張した。
フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えたのは、この流れを受けたものだ。
つまり、宗教改革は、敵を衰亡させるどころか、むしろ対抗宗教改革を起こさせて、敵を強くした。
歴史の皮肉と言うべきだろうか。
旧勢力の打倒ーー。
それを目的に始まったはずの改革が、裏目に出て、逆に旧勢力を強化してしまう。
あるいは、打倒するつもりはなくても、ある革新的な勢力やモノが、古いものの息の根を止めるどころか、むしろ延命させてしまう。
こうした現象を、とりあえず「対抗強化」と名付けよう。
たとえば、ラジオである。
戦後の日本で、テレビが普及し始めた時、「将来、ラジオはなくなる」と言われたという。
しかし、周知のように、それから70年を経ても、ラジオはなくなってはいない。
運転中や料理などの作業中にラジオを愛好する人は多いし、災害時には停電中でも使えたりして大活躍している。
ラジオがなくならなかったのは、テレビの普及という危機を受けて、ラジオならではの強みに集中したからだろう。
「対抗強化」の成功例だ。
そのテレビも、インターネットの台頭によって、「オワコン」呼ばわりされている。
しかしラジオの例を考慮するならば、テレビが滅びると決めつけるのはまだ早い。
テレビもまた、「対抗強化」に成功し、メディアとして生き残っていくかもしれない。
いずれにしても、新しいものが、必ずしも古いものを駆逐するとは限らないのだ。
デジタル音源がここまで普及しても、レコードが滅びていないように。
さて、ここから仮想通貨の話である。
ビットコインをはじめとする分散型の暗号通貨システムは、既存の通貨システムへのアンチテーゼである。
既存の通貨システムというのは、具体的には、各国の中央銀行、金融機関、クレジットカード会社などだ。
こうした機関は、ほとんどが送金の仲介役だ。
仲介役なしでの送金を可能にする仮想通貨は、仲介役を務めてきた者たちにとっては、脅威以外の何ものでもない。
脅威の存在は明らかなのに、手をこまねいて死を待つか?
それはない。
間違いなく、抜本的な改革に乗り出す。
旧来型のシステムは、自らを変えようとする。
つまり、仮想通貨は、既存の通貨システムの「対抗強化」を誘発しているのだ。
これからの数年で、銀行も、電子マネーも、クレジットカードも、さらに便利になることだろう。
思うに、既存の通貨システムは、そう簡単に退潮したりはしない。
むしろ、「対抗強化」に成功して、仮想通貨を滅ぼしてしまうかもしれない。
CDのあとに登場したMDが、CDより先に淘汰されてしまったように、仮想通貨が旧来のシステムに敗北する可能性は、否定できない。
bitFlyer創業者の加納裕三さんは、「DAOによって成り立つビットネーションの出現」を予測している。
つまり、大統領も政府も存在しない、自動化された国が現れると言うのである。
それはきっと十分にあり得ると私は思う。
しかし、その可能性が高いほど、対抗的な改革も確実に起こる。
ビットネーションに対抗して、旧来型の国家も、進化を模索するだろう。
そのどちらが勝利するのか、あるいは両者が融合するのか、私は大きな興味を持って見守りたい。
仮想通貨を普及させていくためには、そうした現実を直視する必要がある。
つまり、旧来型のシステムが、本気で自己変革に取り組むであろうということだ。
仮想通貨の側からすれば、敵を滅ぼすどころか、敵の進化を促してしまう。
いわば「対抗強化の罠」とでも言うべき状況に、仮想通貨は足を踏み入れている。
その状況に打ち勝つには、どうすればいいのか。
なによりも必要なのは、着実なアップデートだ。
そもそも、仮想通貨は完成形には程遠い。
仮想通貨は今なお発展途上であり、いつ頓挫してもおかしくないのだ。
進化する敵に負けないためには、それ以上に進化するしかない。
何百何千とある仮想通貨プロジェクトのうち、進化する強い意志を持ったものだけが、生き残っていくだろう。
「今のままで十分だ」というプロジェクトは、間違いなく淘汰される。
進化こそが基本姿勢となるのだ。
そしてその競争を生き抜いたプロジェクトは、今の私たちの想像を超えた進化形を、いつか見せてくれることだろう。
つまり、私たちはまだ、仮想通貨の真価を知らないのだ。
それは未来にある。
本領発揮は、これからだ。
(2019年7月7日)