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ろう文化宣言を巡って

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  • あび(abhisheka)
  • 2019/04/22 10:46

古い原稿を少しずつ公開していきます。

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 ろう文化を巡る現代の論争の起爆剤となったのは、雑誌『現代思想』1995年23巻3号に発表された「ろう文化宣言」(木村晴美+市田泰弘)である。「ろう文化宣言」はアメリカ合州国におけるデフ・コミュニティ(ろう社会)運動の影響を受け、日本のろう者と言語学者らが協力して立ち上げた。すなわち彼らのグループ「Dプロ」は、「手話は音声言語に匹敵する、複雑で洗練された構造をもつ言語である」ことを明言し、ろう者を障害者と呼ぶことに反対し、言語的文化的少数者(マイノリティ)であると名のり出た。

 文字を持たない言語があってもよいように、音声を持たない言語があってもいいではないか。ろう者は、違う言語、違う文化を持つマイノリティであって、日本語を不完全にしか使用しない下位集団ではないというのである。 

 ここで「ろう文化宣言」に至るまでの我が国における、ろうの近代史をざっとふりかえってみよう。明治時代にろう学校が設立され、ろう者が仲間と出会い、集団を形成することが始まった。このとき、ろうの子供たちは「言語を形成する本能」に従って「手話」を誕生させた。ところが、ろう学校は「口話主義」の教育方針をとり、手話は教育言語とされず、弾圧され続けた。ところが子供たちは、教師の目の届かない場所で手話を伝承し続けた。

 1970年代も入り「トータルコミュニケーション」の理念が導入された。これは、コミュニケーションの成立のためにはあらゆる手段を用いるといった方針であった。そのため、音声言語を話しながら手話の単語を並べるシムコム(日本語対応手話)が、一部の教育現場で用いられることになった。

 現在の状況を見ると、一部を除いて、ろう学校における口話主義は依然として根強い。ただ手話に対する弾圧はやや弱まり、使用を容認する傾向が出ている。また手話を積極的に導入しようとする教師も存在する。が、その場合、教師は生徒の使う手話は「でたらめ」だと考えており、(音声)日本語に対応した「正しい」手話(シムコム)を教えようとするのである。

 すなわち、歴史上長い間、手話は音声日本語の習得を妨げるものとして弾圧されてきた。さらにその必要性を認めた後でも、手話は常に不完全な日本語とだけ捉えられてきた。だから手話を洗練させることとは、日本語にできるだけ見事に対応し、同一の表現をすることを可能にすることだと考えられてきたのである。

 だが、「ろう文化宣言」は、手話は日本語とは別の文法、構造を持った、一個の洗練された完全な言語であると宣言した。そして音声日本語と対応した「手話」だと考えられてきたシムコムについては、「実は手話ではない、日本語と手話との間に生まれたピジンに過ぎない」と宣告したのである。

 (ここからは「ろう文化宣言」におけるいわゆる「ろう者の母語としての手話」を「日本手話」と呼び、日本語対応手話=シムコムと区別する。)

 

 1995年の「ろう文化宣言」を最もショッキングに受け止めたのは、シムコムの使用者ではないだろうか。シムコムの使用者には、それを正しい手話だと信じて学んできた「聴者」である教育関係者・通訳ボランティアや、中途失調者、難聴者などがいる。言語学者らの研究によると、日本手話を母語としない人々が、手話の単語を音声日本語の文法にあてはめて並べただけのシムコムは、言語学的には「ピジン」に属する。ピジンとは共通の言語を持たない者同士が、間に合わせに形成した不完全なコミュニケーション手段としての言葉である。

 たとえば、Aという言語を母語とする集団と、Bという言語を母語とする集団が、英語を話す支配者の下で仮に英語を用いてコミュニケーションせざるをえなくなったとき、ピジン・イングリッシュを話す。ピジンは構造的な不完全さを抱えており、言語としては未完のものである。(ところが、そのピジンを話す地域ですら、その第二世代の子供たちは、言語を形成する本能にしたがって、完全な構造を備えた言語を形成する。これをクレオールと呼ぶ。)

 ろう文化宣言は、「ろう者」という言葉の範囲を日本手話を母語とするコミュニティ内部の者に限定する。また「手話」という言葉の範囲を、完全な言語的構造を備えた「日本手話」(シムコムでない手話)に限定する。

 言語的少数者としての彼らの「ろう文化宣言」には、大きな意味合いがあり、私は基本的に彼らに共感する。だが、ここには新たな「中心と周縁」の誕生という問題が生じてしまった。

 歴史上、日本手話を用いるろう者は、日本語を中心とする社会において周縁に追いやられてきた。「ろう文化宣言」は、そこにもう一つの中心「ろう文化」という中心の存在を名告り出る画期的なものであった。だが、そのことによって、日本手話を母語とせず、シムコムを用いる人たちは、「ろう社会=日本手話を母語とする社会」の中心から、再び周縁に追いやられてしまったと見ることができるのである。

 ショックを受けたシムコム使用者たちからは、「ろう文化宣言」への反論が続出した。その主な論客のひとり長谷川洋は、中途失聴者である。彼の論点は、もともとマイノリティである聴覚障害者が、さらに分裂するような方向性は受け入れがたいというものだ。

 しかし、「ろう文化宣言」の視点から見ると、シムコムを用いる人たちは、日本語の文法に手話をあてはめる人たちであり、日本語中心の世界の人たちである。つまり、ろう文化社会を抑圧してくる人たちの一部なのである。日本手話を母語とするろう者に対して、シムコム使用の圧力がかかるのは、「ろう文化宣言」の立場からは、受け入れがたいものなのである。「ろう文化宣言」の起草者のひとり木村晴美はその論点から、長谷川に強く反論している。

 

「ええぞ、カルロス」手話ビデオ

 

手話表現のいろいろ

 

 

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10代より世界放浪。様々なグルと瞑想体験を重ねる。53歳で臨死体験。31年の教員生活を経て現在は専業作家。https://note.mu/abhisheka

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