きいちゃんはカギを持っています。
きいちゃんのカギはなんでも開けることができる魔法のカギです。
クリスマス・イブの夜、きいちゃんはベッドの中でぱっちり目を覚ましました。
どこかでゴソゴソと音がします。
きいちゃんはいつものように魔法のカギを首にかけ、赤ずきんちゃんみたいなフード付きのケープを羽織って部屋を抜け出しました。
リビングからほんの少し明かりが漏れていたので、ドアの隙間からそっと中をのぞいてみました。
すると、クリスマスツリーのすぐ近くにサンタクロースがいるではありませんか。きいちゃんはドアを開けて大きな声で言いました。
「サンタさんこんばんは!」
サンタクロースはとてもびっくりした様子で、床に置いていた懐中電灯をさっと拾ってきいちゃんに光を向けました。
「お、お、お嬢ちゃん、起きたのかい」
「そうよ。わたしはきいちゃん。サンタさんに会えてうれしいわ」
「そ、そうかい。俺、いや、わしもうれしいよ。きいちゃん」
サンタクロースは懐中電灯のスイッチを切ると、大きな白い袋を手に持って玄関に向かって歩き出しました。袋はしぼんでいて、あまり中身が入っていなさそうでした。
「もう行くよ。さようなら、きいちゃん」
「さようならサンタさん。外まで送って行くわ」
「え? えーと、ありがとう」
きいちゃんはサンタクロースの後について家の外に出ました。
玄関には見慣れない黒い車がとまっていました。
「トナカイがいないわね」
「う、うん。トナカイは寒くて風邪をひいちゃったから、車で来たんだよ」
「それは大変ね。早く良くなるといいわね」
「う、うん。ありがとう」
サンタクロースは赤いコートのポケットを次々と探って、「あれ? 確かにここに……おかしいな。ないぞ」とブツブツ言い始めました。
「もしかしてカギがないの?」
「あ、いや、あるはずなんだけど……」
「わたしが開けてあげる」
きいちゃんが魔法のカギを車にさしてガチャリ! と回すと、運転席のドアがぱかっと開きました。中を見ると、カギは車に刺さったままでした。
サンタクロースは驚いて目を丸くしています。
きいちゃんはニコニコして言います。
「それじゃあわたしは帰るわね。さようなら」
「いや、いや、きいちゃん、よかったら一緒に来ないか?」
「いっしょに?」
「そうさ。ちょうどトナカイの代わりの助手が欲しかったところなんだ」
サンタクロースはきいちゃんをだっこして後部座席に乗せると、自分も運転席に乗り込んで車を発進させました。
「プレゼントを配るのね」
「そうさ。次はこの家にしよう」
サンタクロースときいちゃんは大きな家の前で車を降りました。
玄関に着くと、きいちゃんがガチャリ! とカギを開けました。
「へへ、ありがとよ。きいちゃんはここで待ってな」
「待って!」
「へ? ど、どうした?」
きいちゃんはケープのポケットからキャンディを一つ取り出しました。
「子供がいたらこれをあげて。わたしからもプレゼントよ」
「わ、わかった」
サンタクロースはきいちゃんからキャンディを受け取ると、家に入って行きました。
しばらくして戻ってくると、白い袋がさっきよりも膨らんでいました。
「さあ次だ」
きいちゃんとサンタクロースは再び車に乗って走り出しました。
何本か通りを抜けると、きいちゃんがある家を指差して言いました。
「サンタさん! 次はあの青い屋根の家がいいわ!」
「え? どうしてだい?」
「あの家には小さい子供が三人もいるの。サンタさんが来たらきっと喜ぶわ」
「そ、そいつはいい考えだな」
サンタクロースは青い屋根の家の前に車をとめました。
きいちゃんをおろして二人で歩き出すと、突然「うわ!」とサンタクロースが叫んで、ずでーんとしりもちをついてしまいました。ボールを踏んづけて転んでしまったのです。
「いててて……」
サンタクロースが大きなお尻をさすっています。
「わたしが治してあげる」
きいちゃんは魔法のカギでサンタクロースのお尻をガチャリ! 中から痛みを取り出して、ポーイと捨ててしまいました。
「もう大丈夫よ」
「あ、ありがとう」
二人は手を繋いで玄関まで歩いて行きました。ドアはきいちゃんが魔法のカギで開けました。
きいちゃんはさっきのようにキャンディをサンタクロースに渡しました。今度は三つです。
「いってらっしゃい」
「……うん」
サンタクロースは時々きいちゃんを振り返りながら、長い廊下を歩いて行きました。
戻って来た時、また白い袋が膨らんでいました。
「さあ、次の家に行きましょう」
「うん……」
サンタクロースはきいちゃんの後をトボトボとついて行きました。
二人は車に乗り込みましたが、なかなか発車しません。
「サンタさん、どうしたの?」
「うん……」
車はほんの少しだけ走って止まってしまいました。サンタクロースが無言で車を降り、道路に座りこみました。
きいちゃんも降りました。
「どうしたの? まだお尻が痛いの?」
「いいや。大丈夫だ」
「じゃあ、どうしたの?」
「……」
「元気がなくなっちゃったの?」
サンタクロースは黙って地面を見つめています。
「わたしのを分けてあげる」
きいちゃんはサンタクロースの胸を魔法のカギでガチャリ! と開けて、中に元気を入れてあげました。
途端にサンタクロースが大声で泣き出しました。
「ごめんなさい。間違えて悲しみを入れちゃった?」
「違うんだ。そうじゃないんだ。俺は情けないんだ」
サンタクロースは帽子を脱ぎました。ツルツルの坊主頭が現れました。
モサモサした白いお髭も剥がしてしまいました。サンタクロースだった男の口のまわりには黒いジョリジョリしたお髭が生えていました。
「俺はサンタクロースなんかじゃない。ただの泥棒だ。今まで君に、盗みの手伝いをさせていたんだ」
「そうだったの」
「俺はどうしようもない悪いやつだ。なのに君は俺をサンタクロースだと信じて……とても優しくしてくれた。君をこれ以上だまし続けるなんて無理だ」
泥棒は激しく泣いています。きいちゃんは泥棒の背中をさすってあげました。
「あなたはそんなに悪い人じゃないわ。わたしが転ばないように手をつないでくれたじゃない」
「でも、もう取り返しがつかないよ」
「そうかしら」
泥棒は不思議そうに、赤くなった目できいちゃんを見つめました。
「ドアは開けたら閉めるでしょう? 同じように、出したものは片付ければいいんだわ」
きいちゃんと泥棒はそのあと、盗んだものを丁寧に戻してまわりました。白い袋が空っぽになる頃には、泥棒もきいちゃんと同じくらいにこにこしていました。
泥棒はきいちゃんの家の前できいちゃんを車からおろし、ぎゅっとハグをしました。
「メリークリスマスきいちゃん。ありがとう」
「メリークリスマスおじさん。楽しかったわ」
きいちゃんはケープから最後のキャンディを取り出して、泥棒だった男に渡しました。男はそれをまるで宝物みたいに両手で包み込みました。
二人は最後にもう一度ハグをして笑顔でお別れを言いました。
夜が明けると、きいちゃんの家に三つ子の兄弟が遊びに来ました。
三つ子は興奮した様子で口々にきいちゃんに話しかけて来ました。
「きいちゃん聞いて聞いて!」
「サンタさんが来たんだよ」
「ツリーの下にプレゼントが置いてあったの」
「キャンディも!」
「起きたらまくらの横にあったの」
「これもサンタさんからだよね?」
「とってもおいしかった」
きいちゃんはにっこりして言いました。
「きっとサンタさんには、キャンディが大好きな助手がいたのね」
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