きいちゃんはカギを持っています。
きいちゃんのカギはなんでも開けることができる魔法のカギです。
きいちゃんが魔法のカギを持っていることは、町のみんなが知っています。
町には今、雪が降っています。ちなみに昨日は雨でした。その前はあられが降っていました。
きいちゃんの住む町はもう何日もずっとこんな調子で、全く晴れ間がありません。
そんなある日、きいちゃんを訪ねてお客さんがやってきました。
それはきいちゃんと同じくらいの背丈の小さな鬼でした。三人の小鬼たちは顔こそそっくりでしたが、それぞれ赤、黄、緑と肌の色が違ったので、見間違うことはなさそうでした。
赤い小鬼が言います。
「きみがきいちゃん? 魔法のカギを持っている?」
「そうよ。持っているわ」
「ぼくたちといっしょに来てくれる?」
きいちゃんはちょうどお家遊びにも飽きてきたところだったので、喜んでOKしました。
レインコートを着て外に出ると、車くらいの大きさのふわふわした雲が玄関の扉の前に浮かんでいました。小鬼たちはぴょんと跳ねて雲の上に乗り、きいちゃんを引っ張り上げました。
きいちゃんと小鬼を乗せた雲はプカプカと空に昇って行きました。
空の雲が近づいてきました。
空の雲にはところどころ穴が空いているようでした。穴からどんどん、どんどん雪が出てきて町に降り注いでいます。
黄色い小鬼が言いました。
「ここんところ天気が悪いのは、あの穴のせいなんだ。このままじゃ一年分の雨や雪が全部おっこちていってしまうよ。
きいちゃん、魔法のカギで穴をふさいでよ」
きいちゃんは困ってしまいました。
「たしかにこのカギならどんなものでも開けたり閉めたりすることができるわ。でも、それには扉かフタがなくっちゃ無理よ」
きいちゃんを当てにしていた小鬼たちはそれを聞いてがっかりしました。
「それじゃあやっぱり、大将がいないと」
「大将ならフタを作れるよね」
「でもなぁ」
小鬼たちが暗い顔でブツブツ言っているので、きいちゃんは事情を聞いてみました。すると、こんな時に頼りになるはずの鬼の大将がもう何日も誰にも姿を見せていないので、鬼たちはどうしたらいいのかわからなくて困っているのだと言うのです。
きいちゃんは小鬼たちといっしょに大将の家に行ってみることにしました。
大将の家は山のように大きくて、壁も屋根も雲でできていました。
緑色の小鬼が扉を叩くと、ボォンボォンと太鼓のような音がしました。
「大将、いますか? お天気雲が大変なんです」
返事がありません。
きいちゃんはいても立ってもいられず、魔法のカギでガチャリ! と扉を開けてしまいました。
「大将さん、いないのー?」
きいちゃんは大声で呼びかけながら奥に走って行きます。小鬼たちも慌てて追いかけます。
走っていると、奇妙な音が聞こえて来ました。うーん、うーん、と音はだんだん大きくなります。
家の奥にはもう一枚扉がありました。音はこの向こうから鳴っているようです。きいちゃんはここもガチャリ! と開けると、小鬼たちと一緒にそっと中をのぞいてみました。
広い部屋のど真ん中に、大きくて肌の青い鬼がいました。青鬼は苦しそうな顔で大の字になっており、おなかが風船みたいにパンパンに膨れ上がっています。
「大将ー!」
小鬼たちが青鬼に駆け寄りました。
青鬼は「うーん、うーん」と唸っていて、小鬼たちには気づいていないようです。
「おなかが苦しいのかしら?」
きいちゃんは青鬼のおなかに魔法のカギを差し込んで、ガチャリ! と開けてみました。
青鬼のおなかの中はおまんじゅうでいっぱいでした。きいちゃんと小鬼たちは手分けしておまんじゅうを運び出し、青鬼のおなかを空っぽにしてあげました。
「ああ、助かった」
青鬼が起き上がって伸びをしました。
「食べ過ぎてしまって身動きできなかったんだ。この女の子は誰だい?」
小鬼たちが事情を説明すると、青鬼は真剣な顔をして立ち上がりました。
「そりゃ大変だ。急いで穴をふさぎに行こう」
雲の上をのしのしと歩く青鬼の後について行くと、穴の空いた雲が頭上に見えてきました。
青鬼は穴をじーっと観察したあと、足元の雲をちぎっておにぎりのようにこね始めました。雲はあっという間にお風呂の栓みたいな形になりました。
赤い小鬼が得意そうにきいちゃんに言います。
「大将は雲細工の達人なんだ」
青鬼は穴の数だけ栓をこしらえ終わるときいちゃんを呼んで、大きな左手に乗せました。
「それじゃあきいちゃん、頼んだよ」
「まかせて!」
青鬼は両手をぐぐぐと伸ばし、右手に持った栓を穴に押し込みました。左手に乗っているきいちゃんもぐぐぐと手を伸ばして、栓に魔法のカギをさしてガチャリ! と回しました。すると栓と周囲が溶け合って、穴が空いていないところと見分けがつかなくなりました。
青鬼ときいちゃんが全ての穴をふさぎ終わると、やっと雪がやみました。
「ありがとうきいちゃん。これで当分安心だ。きっと明日は晴れるよ」
「やったー!」
小鬼たちも喜んでいます。
その時、ぐごごごご、と低い音が鳴り響きました。青鬼がそっとおなかに手を当てて言います。
「なんだか腹が減ったな」
「そりゃそうでしょう。さっき空っぽにしましたからね」
緑色の小鬼が呆れたように言いました。
きいちゃんのおなかも、ぐうとかわいく鳴きました。
「そろそろお家に帰らなくちゃ。パパとママがごはんを作って待ってるかもしれないわ」
「そうか。おまんじゅうをご馳走できなくて残念だ。
どれ、帰り道はわしに任せなさい」
青鬼は雲の端っこに腰を下ろすと、ぐいぐい押すように雲をこね始めました。すると雲がだんだんうすっぺらくなり、地面に向かってスルスルと伸びていきました。そうして長い長い滑り台が出来上がりました。
鬼たちは口々にきいちゃんにお礼を言いました。きいちゃんもみんなにお礼を言いながら、一人ずつぎゅっとハグをしました。黄色い小鬼のほっぺたがポッと赤くなりました。
「さようなら。また会いましょう」
きいちゃんは雲の滑り台に乗ってシューッと勢いよく降りて行きました。きいちゃんの横を、いくつもの雲が流れて行きました。
やがて町が見えてきました。お出かけや雪かきをしていた人たちが、空を見上げてにっこりしています。きいちゃんもそれを見てにっこりしました。
滑り台の終点はきいちゃんのお家の前でした。きいちゃんは、ぴょこんと上手に着地しました。
きいちゃんは魔法のカギでガチャリ! と玄関の扉を開け、中に入りながら言いました。
「ただいま!」
パタンと扉が閉まる時、ほんの少し風が起こりました。雲の滑り台はその風でゆらりと揺れたかと思うと、スーッと消えてなくなってしまいました。
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