月面から見る星は、大気の影響が無いので瞬かない。まあ、そんなことはどうでもいいが俺はベッドの中で寝付けずにいた。そう、確かに俺の魔導の力は借り物、下僕一号から使い魔を借り受ける形で彼ら魔人の力を行使してきた。
結論から言うと、地球生まれの俺に魔力を制御する力はない。だから、本来俺が魔導を扱えること自体が異常な状態なのだ。
「何にしても、俺が上手く魔導を扱えるようにならなければなあ。折角強大な魔力を持つ使い魔を貸し与えられても・・・ くそっ!」
自身の不甲斐なさに、嫌気がする。また、あれほどまでに魔導を使いこなしたネコに一種の羨望と嫉妬を覚えてしまう。
数多の魔人が俺に力を貸してくれている、その本来の力を出し切れていないとしたら俺の怠慢以外の何物でも無いというのに。心が理性的な判断を拒絶する、こんなにも意固地になる性格だったろうか。魔導は俺が一番使えるんだ、などと思い上がっていたつもりは欠片もないのだが?
スマートフォンが鳴動した、誰からだ、月まで連絡をくれるのは?半ば予感しながら、俺は応答した。
「はい、ネコさん?」
「ふふ、やっぱり?わかってしまうものね。竜さんには、そう何度も月を訪問する訳にはいかないのでしょ?」
「たしかに、少しくらいの躓《つまづ》きで何度もそっちに帰っていたんでは効率が悪すぎるよ。もう、いい加減莫大な資金をつぎ込んでいるんだから。このまま、こっちで頑張るよ。いや、頑張るしかないな」
「そう、なら。一つだけ手を貸してあげるわ。まずは、準備が必要ね。今から言う物を用意しておいて。あと、大事の前の小事にはこだわらないことよ」
「わかった、一時間後にこっちから呼べばいいんだな。それまでに用意しておくよ」
「よし、ネコ。例の鏡を作ってくれ。打ち上げは俺がやる」
「はいな、ご主人。土の精《トゥールバ》、金の精《ダハブ》、これぐらいの大きさで頼むにゃ」
月面上に、巨大な鏡が現れた。流星群を打ち落とすときに使った鏡を少し小さくしたものだ。
さて、秒速17キロメートルまで加速させるのか。ちょっと手間だが。
「我、乱導竜が命ずる。ビレトよ、この鏡に掛かる重力のくびきを解き放て!」
「おう、たやすいことよ」
俺は重さを感じなくなった巨大な鏡をマネースーツの右手で掴むと力一杯放り投げた。巨大な鏡は、見る間に虚空へと遠ざかっていく。
「我、乱導竜が命ずる、セーレよ。あの鏡を追って月を一周して参れ。早過ぎず、遅過ぎず速さに心して行け!」
「はあ、また。なんで、俺ばっか面倒でつまらない用事をさせられるんだかなあ。いつも、いっつも。それでしくじったら俺の所為だし、手柄は俺に来ないしさ。わかりましたよ、ほんとにもう」
セーレは愚痴を言い募りつつも、小さく見える鏡に急速度で追いすがると並走して飛び続けだした。まあ、これで、なんとかなるだろう。
「アンドロマリウス、一応鏡の速度をモニタしていてくれ」
「わかりました、ご主人様」
「じゃあ、ネコ。ご苦労だった、後は中で話そう」
「はいにゃ、ご主人帰りましょう」
俺の部屋にネコを招き入れると、俺はスマートフォンでネコさんを呼び出した。
ネコは、欠伸を噛み殺しながら背中を伸ばしている。緊張感の無い奴だ。
「はい、竜さん。準備は良いみたいね」
「ああ、ネコもここにいるよ」
「久しぶりにゃ」
「じゃあ、鏡が所定の位置に来たら始めるわよ。ふむ、丁度軌道が安定したみたいね。では、竜さん、ネコ、実験を始めます。スマートフォンの画像を見て」
俺とネコは、月面で対峙していた。ネコが炎を解き放った、俺は水を操る魔人クロケルの力を借りて氷の盾を作ると炎から身を守った。
俺はセーレの力を借りて高速機動で右手に掲げる金の劔《マネーソード》を三回振り切った。斬撃による衝撃波が、ネコに迫る。
ネコは、金(ダハブ)の力を使って三回とも攻撃を鋼の盾で防いだ。
突如、突風が俺を月面の砂ごと巻き上げ、空中で錐もみさせる。金の鎧《マネースーツ》が鋭い砂の刃に削られていく。俺は、真っ逆さまに地面に叩きつけられた。
「くっ、そ」
巨大な足が、俺を踏みつぶそうとするのを転がって避けた。見上げるほどの岩石の巨人が目の前にいた。
「はい、そこまで!一回目の模擬訓練は終了よ。お疲れ様、ネコの魔導に対する適応状態は凄いわね。解析結果が楽しみだわ、まあ竜さんについては課題が山積みね。だけど、安心して、それだけ強くなれるってことだから」
ネコさんの終了の声と共に、俺たちは俺の部屋にいた。
「はあ、山積みの課題がもう少しささやかならなあ」
「お役に立てたようで、何よりにゃ」
ふっ、これくらい単純なら世の中、さぞや楽しかろう。やばい、苦い笑いが込み上がて来た。