田舎に近い地方都市に比較的仲の良い兄弟がいた。
兄は、テニスなどの女子請けの良いスポーツを好んでいた。また、変に生真面目なところがあり曲がったことが大嫌いだった。地元の製薬会社に勤め両親を扶養していた。
弟は、兄とは違い硬派な武道を好んでいた。学業を終えた後は転勤の多い職に就いたため、実家にはほとんど帰ることはなかった。
母が死んで二年が経った夏のある日、兄から弟へ電話が掛って来た。
「おい、悪いが父さんのアパートまで様子を見に来てくれないか。俺は借金のこともあって顔を出し辛いんだ。そうかわかった、じゃあ一緒に行こう。駅まで迎えに行くから。
ちょっとおかしいんだ。何度電話しても出ないし、いつ行ってもカーテンが閉まっているんだ。
頼む、もうお前しか頼れる者はいないんだ ・・・・・・」
兄は、女に騙され多額の金を貢いだ挙句、借金の形に両親と住んでいた家まで取り上げられ行方を眩ませていた。
弟は、なぜか兄の必死な様子にこれは行かないと後で怖いことになる予感がして帰郷を承諾し、兄と待ち合わせた。
駅を出ると兄が古い愛車で待っていた。街の様子はあまり変わり映えのしない萎れていく田舎の風景だった。
兄の運転で父の住むアパートに着いた。駐車場に車を停め、部屋の前で呼び鈴を押したが返事はなかった。スマフォから電話を掛けたが電話のベルが鳴り響くだけで勿論応答はなかった。
アパートの管理人に事情を話して、部屋の鍵を開けてもらった。ドアを開けて玄関に入ると独特の異臭がした。日当たりの悪い部屋だった。
部屋の空気は淀み、夏の盛りなのにヒンヤリしていた。散らかっていて、台所には洗ってない食器が置かれていた。
ふすまで仕切られた寝室を覗くと分厚いカーテンが閉められており薄暗かった。照明のスイッチを入れたが点かなかった。
布団が膨らんでおり、人が寝ている様子が窺えた。
「父さん、俺だよ。次郎も来ているよ。起きてくれ」
兄が部屋の外から呼び掛けたが、返事をする者はなかった。
弟は意を決して、部屋の中に入ってカーテンを開けた。部屋の床には飴玉の包装紙が散乱していた。
弟が饐えた臭いのする薄い夏掛けをめくると、父が横たわっていた。白い物が蠢いていた。よく見るとウジ虫だった。茶色い物がいくつかあった。ウジの蛹だった。父の身体は干からびていた。
「父さんが亡くなって、結構日が経ってるね。虫の状態からしても。大家さん、警察に連絡しますので後処理の件は後程ということで良いですか?
う、うう父さん」
弟は堪えきれずに嗚咽した。
大家は無言で名刺を渡すと出て行った。
「父さんを殺したのは、たぶん俺だ!悪いのは俺だ。だが、俺を騙した奴も。そして父さんを救えなかった世の中も全て悪だ!」
いきなり、兄は叫び出すと父の眼窩で蠢くウジや蛹を口に入れた。
「次郎、俺はこんな世の中に復讐してやる!」
兄は、そのまま半分ミイラと化した父の亡骸と弟を残して部屋を出て行った。彼の周りを護衛する手下の様に蠅が飛びまわっていた。
弟はあのとき兄の周りを飛ぶ蠅の羽音が一生耳から離れなくなってしまった。
この半年後から世界中で謎の疫病が蔓延することになったのは、兄の復讐なのかも知れないと弟は思っていたがそれを信じてくれる者は誰もいなかった。
彼は今でも思う、行方不明の兄は蠅の主になったのだと ・・・・・・