な、なに?この見知らぬ魔導の気配は?
「あれは、竜殿が救出した女性の力ですね。ご主人様、何か不審なところでも?」「アン! そうか。あなたならその場所からでも術者の素性を知ることができるわね。あの女はたしか別世界にいた者、到底魔導を心得ている気配など無かったのに何故?」
「そばに魔人が控えていますね。例のビスクドールが、スカーレットさんの指導をしています。力の発現については、やはり竜殿の影響かと。本来有り得ないはずの人と人の魂をつなげ、富の交換を為すなど、天使か悪魔にしか為せぬ御業でしょうに。ふふ、だからマスターも気にされるのですね」
アンドロマリウスは、己が主人である下僕一号を微笑ましい視線でからかった。
「そんなんじゃないわ、ただ見知らぬ魔導の波動と急激な効果の増大、最初はほんの水一滴だったはずが大滝の様に湧き出る力が少々不気味だっただけよ。しかし、アスタロトが関わるとは?ネコめが手を貸すのならいざ知らず、どういう魂胆を隠し持っているやら?アンも気を配っていてね、どうも嫌な予感がする・・・」
「そうね、喉が渇いたでしょう。水の精霊《マイヤ》に水を出させて精一杯飲むのよ。魔導に全身を浸らせ、何だったかしらあなた達の言うせ、セル、細胞の一つ一つにまで魔導の力を染み込ませるのよ」
「は、はい。お願い、闇《ザラーム》水の精《マイヤ》、氷でジョッキを作って中に水を満たして」
ごくごく、(ふう。自前で用意した水は美味しいわ)
『なんてこと、あのどす黒い水は、闇水の精を召喚使役しているのか!
しかし、あの女が自滅しようと大勢に影響なし。いや、むしろご主人様にとって好都合かも。許せ、人間の女よお前の命運はあの日より、いずれにしても尽きていたのよ』
アンドロマリウスは、己が主人に気取られぬようそっと護身の呪文を唱えた。
「よし、次は炎の精《ショーラ》から熱い炎の息吹を貰うのよ!」
「ええ、もう充分魔導の力貰えましたからー」
「ええい、まだまだ手緩い。さっさと致せ、さもないと地獄の業火を飲み込ますことにしようぞ!良いのか?」
(こ、怖いよー。三つ頭の犬が炎を吹いてるのが垣間見えたわ、あれが、ダンテの地獄の番犬?)
「ええい、自棄だわ。闇《ザラーム》炎の精《ショール》、あの飛んでる鳥をこんがり焼いてちょうだいね!」
すぐさま炎が一羽の鴨にまとわりつき、全身を焼かれ、土から作られた即席の皿の上に落ちて来た。
「ありがとう、闇《ザラーム》土の精《トゥールバ》、いただきます。むぐっ、ナイフとフォークをありがとう、闇金の精《ダハブ》」
「ふふ、なかなか応用が利く様になったのう。そろそろ、浪費から収穫の頃合いか?」
「もう、なんでも来いだ。や、やってやりますぞ、先生!」
「その意気やよし、では目を瞑れ。ゆくぞ!」
「もう、目を開けても良いぞ。ま、教えに反して途中で目を開けていれば途轍もなく酔うであろうがな」
「この森は! 前に竜が狩りをやって見せてくれたあの森!」
「そう、今度はお前が狩る番だよ。ふふ、愛しい我が君、出番ですよ」
「おーい、な、なんでお前まで。アスタロト! 今日はツイテないよう、逃げろ!悪魔熊なんてもんがいるんだよ」
茂みからジャンプ一番で、黒いシャム猫がスカーレットの胸に飛び込む。続いて体長五メートルほどのヤギ角を生やした黒い熊が立ち上がって迫って来た。
「なによ、悪魔熊って。デビルパンダでいいじゃない。大きくても生物なら、細胞に水が詰まってるはず。行けるよね?お願い、闇水の精! デビルパンダの細胞の水を揺らしまくってちょうだい。出来るだけ早くね!」
デビルパンダは、滅茶苦茶に暴れまくったかと思うといきなりぶっ倒れて、頭が破裂した。腹も破裂してどす黒い内臓が引き千切れて湯気を上げていた。
「な、なんと面妖な。デビルパンダの肉の内側が熱くなって、頭も腹も中身が沸騰していったようじゃな」
「ふう、先生上手くできましたよ。魔導電子レンジが、ふう」
「アスタロト、やり過ぎじゃ無いのかにゃ?これじゃ、スカーレットじゃないみたいにゃ。そんなことより。毎度毎度、狩りの囮役とかもう勘弁してにゃ!」
「ふふっ、我が君ほど囮の上手い猫はそこらじゅう探してもいぬからのう。ほんにめんこいのう」