西の大陸と通称されているのはユスキュー大陸である。西と一言に言われるが『ソローンの造り手』が居た世界の中心都市があるキョトー大陸のやや南西に位置していた。
ある商家の主人の部屋で主席番頭が若い主人を諫める。
「お嬢様、落ち目の魔人どもに力を貸すのは御止めになりませんと。そろそろ潮時かと、商人は時の潮目を読み勝馬に乗る決断が重要でございます」
お嬢様の割には質素な男装で固めた主人が苦笑する。
「ふっ父の代から使えるお前の意見は尊重いたしますが、まだ見切るのは時期尚早よ。伝説のホムンクルスの魔導が強大であろうとも所詮は独り、組織の力には敵わぬものよ」
「ですがシェーラお嬢様、昔の恩に報いるのは美談でありますが、それが元で身代を潰しては商人の名折れでございますよ」
「まあ、考えておきます。でも今更ホムンクルス側についても利益を取れるかどうか。時には賭けに出るときが必要なのよ・・・・・・」
これ以上何を言っても無駄と感じた主席番頭は一礼すると静かに部屋を出ていった。
『シェーラ、良いのか?我と縁を切るのなら今が絶好の機械ではないか。まあ、逃しはせぬがな』
陰から現れた魔人キュルソンがシェーラの頤《おとがい》を左手で優しく上げると唇を奪った。
う、うむーん。
(あの番頭には手の物を監視に付ける必要があるな)
「えーと、ご主人様。キュルソン姉さんはユスキュー大陸のさる大商人に匿われていまして。
そうですね、結構厳重に魔道対策が施されていますよ。あまり正面から攻め込むのはお勧めしませんよ、僕は」
すっかり配下の魔人と化した元天使のザキエルがキュルソン一派の隠れ家をあっさり白状したのは拠点としている街に戻ってすぐのことだった。
『じゃあ私が裏切者の魔人どもを一柱ずつ始末してきますので、この新参者のザキエルをお貸しください』
ホムンクルスに対する忠義では誰にも引けを取らないアンドロマリウスが目に炎を溜めて先鋒を願い出た。
(ああ、面倒くさいなあ。勘弁して欲しいよ。そんな些事はセーレとかにやらせたいよなあ。はあ・・・・・・)
「ご主人様、こちらからわざわざ攻め込まなくても・・・・・・
放って置けば痺れを切らせてやって来ますよ。逆にこちらで罠を張った方が効率よくないですか?」
『何を言うか、こちらは数では劣っているのだ。それに先ほどからの態度を見るにお前の忠誠心を試す必要が是が非でもあるのだザキエル、貴様のなあ!』
『まあアン、そういきり立つな。だが、こちらから奴らの戦力をじわじわと減らしていくのも一興よな。良い、アンに任すぞ』
「そんなあ、敵の術中に嵌るのは得策では無いですよご主人様ぁ!」
「しっ。奴は耳が利きますからね、でも良い匂いにも敏感なのでそろそろ来ますよ」 商家の周りを巡回していた三つ頭の魔犬ナベリウスは、美味そうな生肉の匂いを捉えると涎を流しながら走り出した。
しばらく走って廃教会の庭に置かれた牛の死体に貪りついた。
そのとき、光の羽がナベリウスの周りに突き刺さり周囲十メートルを光の壁が覆った。
「さあ、逃げ場は塞ぎましたから。姐さん出番です、存分に魔犬を始末しちゃってください」
『くっ、誰が姐さんだ。私はアンドロマリウス、魔犬を狩る者さ!』
『ほう、久々に肉に有り付けたと思ったら小賢しい、デザートにしてくれるわ』 吼えるナベリウスの三つの口から紅蓮の炎が吐かれるが、アンドロマリウスに届く前にホタルの光並みに弱弱しくなった。
「へん、僕の結界の中で犬ごときに好き放題はさせないよ!」
『よくやった新参者、犬にはこうだ!』
アンドロマリウスの腕から大蛇が物凄い勢いで、ナベリウスの首を一つ、二つと刎ねていく。
『くう、天使の身分を偽るばかりか敵に寝返るとは。見下げ果てた奴だなザキエル!』
「まあ、悪く思わないでね。長い物には巻かれろって言うからさ」
最後の首を大蛇にへし折られ抵抗らしき抵抗も出来ずに魔犬は斃れた。
『序列最下位アンドロなんとかとやら、いいか覚えて置けお前自身の力に負けた訳ではない。あの裏切者に負けたのだ、忘れるなよ!』
『くっ、負け惜しみを言いおって。帰るぞ、新参者!』
(ふん、勝てればどっちでも僕は良いと思うけどね・・・・・・)