う、やばいかも。ご主人様にも多分、セーレの動きが見えていない。私にも、もちろん見えていないけど、流石は地獄の魔神序列七十で二六の軍団を統べるプリンスね。私とじゃ、格が違うみたい。
「ご主人様、私をどうかお使いください。私を盾にして、この場はお逃げください。御屋形様と共に!」
アンが案外、可愛いこと言ってくれるけど。そろそろ本気出さないとダメみたいね。
「ふっ、何を慌てているの?たかが、底辺の魔人ごときに私が押されているとでも言うの?だとしたら、アン、あなたも底辺らしく無能ね!」
とりあえず、はったりかまして、運が良ければ一太刀浴びせて。逃げるのはその後よ!
「はあ、やぁ!」
ソローンは、セーレに向けて走った。左手で牽制気味のパンチ。だが、かすりもしないのは織り込み済みで右回し蹴り。これも避けられてしまう。
「うっ」
ソローンの左腕と右足に微かな一筋の線がぱっくりと割れ、血が滲みだす。
「そこの底辺カスのアンドロマリウスとやらの方が、場が見えているようね。私が手加減していてもあなたの攻撃は一切届かないということがね」
セーレが馬上で薄く笑う。
「御屋形様から、ご主人様に逃げる様、お命じください。このままでは、ご主人様が、ソローン様が魂の牢獄に繋がれてしまいます」
『ソローンの造り手』は、それでも黙って戦いを眺めていた。
やがて、ソローンが肩で息をして動きを止めた。
「まあ見ていろ、アン。奴に、もう後はない。俺が何もせず、手をこまねいていたと本気で思っていたのか?」
アンドロマリウスは、何かに気付いたように微笑んだ。
なぜだ、セーレの動きが見えている。先ほどまでは躱すこともできなかったが。目に見えて動きが遅くなっているのか?なぜ・・・は、マスターか!?
ソローンは、力を振り絞って右の拳をセーレ、馬に跨る双子の美男子の左側の顎にぶち当てた。セーレは二人ともゆっくりと壁まで吹き飛んでいく。
「な、なにが。く、まさか。僕の動きに追いついたというのか?」
追い打ちを掛けるように、ソローンは馬の翼を掴むと振り回し、凄まじい速度でセーレに投げつけた。 セーレは、凄く勿体付けたようなスローテンポな動きで逃げようとしたが、顔面に馬面を受けてしまった。
「なぜ、動きがこんなに遅い。身体が重いのだ?」
ソローンの逆襲が始まった。パンチ、キックが面白いようにセーレにヒットする。双子の美男子の顔は見る影もなく、また、身体はいつの間にか二人の胴体が融合していた。それもお腹が太鼓腹のようにでっぷりと膨らみ、その上に二つの頭が乗っていた。
「うっ、重い、身体がとてつもなく重い。あまりに重くて立っていられない。人間風情を前にして這いつくばるとは。このような屈辱、生まれてから初めてのこと!」
「だが、我らには測り知らぬ偉大な方なのだろう。このような御業があるとは!」
セーレの双子同士で、なにやら諦めがついたか、納得が言ったのか、先ほどまで、じたばたもがいていたのがピタッと動きを止めた。
「さて、セーレよ。『ソローンの造り手』に造られし者、ソローンが問う、そなたは我が軍門に下り、下僕として仕えるか?それとも灰になるか?」
「ソローン様の下僕としてお仕えいたします」
セーレの姿が消え、ピンクの煙が立ち昇ると、ソローンの首輪へ、七二柱《しんちゅう》の壺に吸い込まれていった。
「ソローン、よく耐えた、よく頑張ったな」
「はい、マスター。でも、あのセーレの動きを止めた魔道はいかなるものですか?」
「なに、高速で移動すればするほど、質量が増加するように呪いを掛けたのさ。さあ、館に帰ろうか」