月の裏側で俺は最愛の人、憧れの姉さんと再会を果たしたがやはりハッピーエンドはまだ遠いらしい。なにやら事情を抱え込んだ姉さんには、奇妙奇天烈な別人格キリュウ・グツチカ・シトゥールを名乗る月の女王がいた。
そして、姉さんの人格はほとんど主導権を残念な別人格キリュウに握られていた。姉さんを取り戻すための条件として出されたのが二人からの『私を幸福に』せよという沙汰であった。
うーん、俺は頭を抱えた。二人を同時に幸福にするという無理難題を突き付けられて流石に困り果てた。
こういう時は、古来から伝わる由緒正しい作法に則るのも吝かではない。つまり、猫の手も借りるだ!
「おーいネコ、聞いていただろ?二人を幸福にする方法を言え!」
「はーん?ご主人、月に来て一段と無茶ぶりが過ぎるのにゃ。ついさっきまで重力制御をやってくれていた猫魔人のビレトもきっと怒り心頭だと思うにゃ」
「おのれ、マスターの分際でこれほど無理難題を猫に無茶ぶりするとは、そこに直れ、そっ首落としてくれるわ!」
「ふ、そう怒るな、しかし本当に怒りんぼうだなビレトは噂どおりだぞ」
「・・・」
一瞬人形の眼が熱気を纏って青白く光った気がした。ピシッ、ケーキ皿にフォークが突き刺さっていた。市販のケーキはちゃんと残らず食されているようなので、食い物を粗末にするな殺すぞとは言えないのが辛いが。
「人間、つまらぬことでネコ様を煩わせるでないぞ。代わりに我が教えてやろう。古来より女子《おなご》を娶るときはそれなりの財宝を贈って己の財力と誠実さを示すのじゃ。そうよな『仏の御石の鉢』、『宝来の玉の枝』、『火鼠の皮衣』、『竜の首の玉』、『燕の子安貝』などが相応しかろうが今の時代には残念ながら無いしのう。
そこで、そこの女に仕えし者が持つ富を超える財貨を集められば、その女を終生守り幸福にしてやることも出来よう、その証を立てることもな。どうじゃ、アラクとやら、つまるところお主が納得すれば良いのだろう、その者の幸福を誰が築くのかを?」
「そういうことになりましょう、しかし良いのですか?私の財力を舐めて貰っては困りますよ」
ここで、俺が今すぐアラクの資産を超えても良いのだろうと言えればいいんだが、何分月に来るまでに散財の限りを尽くしたからな、既に消費した|霊子《レイス》、日本円にして数千億円は下らないだろう。月に眠る財宝がことによったら俺の口座残高を超えることも十分考えられるか、ここは普通に安全策でいくか?
「ならば、一年後俺がアラクの資産を超える財貨を集めて見せよう。俺も兆利人を目指した者、それくらいはやって見せよう」
「ああ、リュラーン!いつまでも待っていますよ」
「我が弟にして、夫よ。諦めてここで我と暮らせばアラクの財宝も我が夫の物、何不自由なく暮らせようぞ、今すぐ婚儀を致そう!」
ふふ、あはは。
「よろしいのですか?ゴールも確かめずにレースを始めても。私の資産、すなわち我が主の資産はそうですね。あなたの一番解り易い単位で申せば、38兆円ですよ。億単位の端数はサービスで切ってあげましたけど。無謀な賭けは止めませんか?時間の無駄と言う物ですよ」
「はあ?どんだけ稼げばそんなに貯め込めるんだよ!まあ、吐いた唾はもう飲めねえ。一年で38兆円稼いで見せるよ、待っててくれ姉さん!」
「ええ、待ちますよ。いつまででも、愛しのリュラーン」
「ならば、期限はたったの一年だ。それを過ぎたら、我が弟よ過去の女など忘れて我がものと成れ!」
「俺は負けねえ、兆利人に敗北はねえんだ!」