長い、長いトンネルを一人で歩いていた。薄ぼんやりと天井が光っているため歩く分には支障は無かった。 ここは?いったいどこなのだろう。 どのくらい時間が経ったのか、もしかしたらそれほど長く歩いていた訳じゃなかったのかも。それとも、もう何日も歩き続けていたのかわからない。
何を求めているのか?
大切なものを、もう一度この手に取り戻す!
「う、ん?いつの間にか寝てしまったのか?」
『ソローンの造り手』は、椅子から立ち上がった。その拍子に、軽い布が肩から滑り落ちていった。 ふっ、良い子に育ったな。
「ネコ、どうだ。ソローンの成長は、なかなかのものだろう?」
「マスタ、人工の生命を弄んでいるうちにずいぶん堕落されましたね。まあ、その子の出来は初めから素晴らしいものでしたよ。身体能力、魔力、性能も情緒も一級品でしょうね」
魔導士は、慈しむように保育器《インキュベータ》の中で眠る少女を眺めた。
青白く発光する液体の中で、美しい少女は目を閉じて、循環する液体の流れに身を任せ揺れていた。その細い首には、革の首輪が嵌められその中央には指輪が銀色に輝いていた。
「ネコが太鼓判を押すとは、たいしたものだなソローンは。今日はとうとう、魔人を一人使い魔にしてしまったよ。まあ、お前のサポートのおかげだけどな」
「マスタ、次元を異にしている以上昔のように直接お助けすることはできません。せめて情報だけはなんとかそちらの魔道具に流し込み、その者の学習のサポートと成長具合を見守るしかをできません」
「まあ、それでも助かっているよ。次は南に行ってみるかな。それに、暑苦しいのに膝の上に乗って来られることもないしなあ」
「マスタが望むなら、そうしましょうか?」
『ソローンの造り手』の膝に、それほど重くない温もりが乗った。しかし、膝の上にはかつてのシャム猫の姿は無かった。
翌朝、食事を二人で摂った後、南の大陸にある街に出掛けた。
「ソローン、今日は昨日手に入れた使い魔を使って街の住人を皆殺しにせよ。できるだけ自分の手は汚さぬようにな。使い魔は、使えば使うほど主人の意図に沿うように働く。最初はまどろっこしいだろうが、根気よく使い続けよ」
「はい、マスター。えーと、七二番目の下っ端伯爵現れて我が命に復せ、アンドロでいっか。あんた、名前長いからアンて呼ぶから、呼ばれたらさっさと来なさいよ。愚図は嫌いだからね」
すごく、嫌そうな、だが断れないという葛藤を露わにした雰囲気でアンことアンドロマリウスは蛇を手に巻いて、白いワンピース姿の女性として現れた。
「仰せにより、参上しました。ソローン様」
「へえ、綺麗な女性にも化けられるのね?」
「我ら、魔人はもともと人間のような性別など有りはしない。それは召喚者のイメージによって形作られる。別に、本気出すのが嫌だから三割の力で現界したわけじゃないからね、そうソローン様がアンとか女の子の名前で呼ぶから召喚時に、女性としての姿で現れたのです、きっとそうです」
ワンピース姿で跪く女性は、言い訳の続きを言うことが出来なかった。
白いワンピースのスカート部分に一条の切れ目が出来ており、脚から緑色の血が流れていた。
「御託は、いいからさっさとこの街の住人を蹴散らしなさい、伯爵とかなら少し位は戦えるよね?」
ソローンは、いつの間にか持っていた右手の鞭を振り上げた。
最初は、たどたどしく。人々が半殺しのように斃されていった。その数が百を超える頃蛇を鞭のように振り回す動作がかなり洗練され、住民は一撃でその命を散らした。
五千人を超える南の大陸の大きな町は、二時間ほどで壊滅した。
「アン、ご苦労でした。帰っていいわよ」
「ふう、お役に立てて何よりです。七千ほどの魂を天に返しました。ソローン様、ではまた」
血まみれのワンピースを着た綺麗な女性は恭しく答えると、霧のように消えていった。
ソローンと『ソローンの造り手』は、空間を超えて館へ帰っていった。 南の大陸の大きな街が、この日消えてしまった。