『お覚悟!』
裂帛の気合とともに魔人サミジナが抜いた忍者刀は、ベッドで眠る女忍者斎酒の胸に突き刺さり剣先はベッドの底まで貫いていた。
だが、人を貫いた感触とは思えぬ違和感に覆面の中で眉をしかめた。
『ぬ?これは、見事な』
シーツをはぎ取ったサミジナが見たものは、巻き藁を使った身代わり人形。まさに忍術のお手本のような変わり身の術であった。
「さあ、ソローンも入って来なさい。二人まとめてお相手いたしましょう」
『ふふ、流石は斎酒様、サミジナの攻撃を躱すとは』
「折角整えてくれた部屋を壊すのも気が引けるゆえ、至れ異空間《稽古の間》!」 斎酒の居室が見晴らしの良い芦の原と化し、そこにいるのは三人だけだった(といってもただの人間は一人もいなかったので正確には三体であるが。)
「どうした、二人一緒で構いませんよ。暗殺に来るぐらいなんだから今更卑怯のどうのとは申しませんゆえ(ふっ)」
『流石は我がマスターの客人、サミジナ如きに倒せるとは思いませんでしたが・・・・・・』
『不覚。主よ、お気を付けくだされ。先ほどの変わり身の術と言い、今の転移の術。悔しながら我が忍術を凌駕する腕前。主と言えども一筋縄にいかぬ相手でござる。どうか、矜持は捨て我にも助太刀をお申しつけ願わく』
『ええい、既に敗れた敗残者は黙って我の術を学んでおれ!』
やれやれと肩をすくめる斎酒。
『電光石火、雷神剣!』
まったくの予備動作なしで、最高速に加速するとそのまま異空間から召喚した魔人剣で斎酒を一刀両断にしたホムンクルスの顔が歪む。
もぎ取った魔人剣を両手の平で挟んでいた斎酒が、投げ返して自嘲気味に微笑む。 「これが、江戸柳生の腑抜けた白羽取りです。興ざめでしょ、こんな遊びをしているまに相手を斬れば良い物を・・・
笑止の極みでしょ?」
『このぅ。座興はここまでじゃ!』
「そう願いたいですね」
・・・・・・
「よろしいですか?」
「入れ」
斎酒が、薄物だけを纏って居室に入って来た。といっても使っていなかった倉庫を『ソローンの造り手』が改修して研究室としたものなので多種多様な物品が積み上がっている。
「夜分に急な訪問、失礼いたします。私の部屋では到底眠れそうにありませんので」
「構わん、久しぶりに其方と話してみたいと思ってたところだ。すまんな、うちのが迷惑かけて・・・・・・」
「はい、しばらく影と遊んでいてもらいましょうほどに。
先に再びお逢いできてうれしゅうございますと言うたのは本心なれど・・・・・・ 恨み毎の一つも言うてみたい、あの日掛けられた魔術に心を縛られておらねば・・・・・・」
「まあ、すまん。今日は其方に謝ってばかりだな。まあ、飲め。
其方の国の酒だ」
「ああ、懐かしい香りがいたします。尾張の酒がまだあるなんて」
「西城斎酒、三代将軍徳川家光との政争に敗れ幽閉ののち自害した弟忠長の遺児。生後間もなく西城家に養子に出され柳生石舟斎から新陰流を学び尾張柳生を陰から支配した」
「ほっほほ、それなりに身体を張りましたゆえ武辺物を篭絡するのは容易き事でした。暇をかこつ身ゆえ、江戸の世を騒がせてもみましたが、憎き貴方を斬ることも叶わぬ我ならば、せめて其方に貫いて欲しい。
今までに鍛えし手管を見せよう程に、のう、憎き方?」
盃から酒を喉に流し込み妖艶な流し目を『ソローンの造り手』に向ける、唇から漏れる吐息は熱く香しい。
「まあ、今宵はうちの奴等が迷惑を掛けたからな。お相手いたそう、相変わらず美しいのう、それに柔らかく吸い付く・・・・・・」
「ふふ、口が上手いのは魔導使いとして優秀な其方のことゆえ。本気にならぬ程度に受け取っておこうかの。
無粋な訪問の償いに、今宵の夜伽を楽しみましょうぞ。
それぃ。 ううん、ああん」