テレビドラマ『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』に「ありえない」との不評の声が出ています。しかし、職業系ドラマは現実には中々存在しないキャラクターの活躍で成り立っています。『アンサング・シンデレラ』への不評の大きさは他の職種以上に医療従事者の固定観念の強固さを物語っているでしょう。
『アンサング・シンデレラ』はお団子ヘアーの女性薬剤師が主人公です。荒井ママレ作、富野浩充医療原案の漫画『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』が原作です。石原さとみ主演で2020年7月16日に放送を開始しました。
薬剤師が患者と向き合い、病院どころか患者の生活圏を駆け回ります。薬剤師に対するイメージが変わります。「アンサング」(unsung)は歌われていないという意味です。称賛されない存在にスポットライトを当てることを意図しています。
医療系ドラマは、あり得ないキャラクターで成り立っているようなものです。『ブラックペアン』の渡海征司郎も、『ドクターX』の大門未知子も非現実的な存在です。しかし、これらは手術という医師の本来的な仕事をありえないレベルで遂行しているから問題にならないのでしょう。
これに対して『アンサング・シンデレラ』は以下の二点で仕事の仕方そのものがありえないと批判されています。第一に一人の患者にリソースをかけていることです。第二に薬剤師の範疇を超えているのではないかとの疑問です。第二の点は「医師、看護師、薬剤師をゴチャまぜにしたテキトー感アリアリ」と批判されます(「石原さとみ『アンサング・シンデレラ』やり過ぎ“越権行為”に呆れ声…」まいじつ2020年7月28日)。
第一の点は現実には中々ないことですが、そのお陰で患者が救われています。一人一人の患者に寄り添うことは医療従事者のTO BEのあり方として称賛されこそすれ、否定されるものではありません。これは他の職業物のドラマも同じです。
同じ漫画原作のドラマに『ダンダリン 労働基準監督官』があります。原作は『ダンダリン一〇一』です。このドラマの段田凛はブラック企業を熱心に追いつめる労働基準監督官です。彼女のような労働基準監督官も現実には中々いません。現実は相談者を何とかして追い返そうと考える公務員根性丸出しの担当者も少なくありません。ブラック企業を告発した人を「甘ったれ」と説教する昭和の老害もいるでしょう。しかし、彼女のような労働基準監督官が本来求められています。
冤罪に取り組むドラマ『99.9-刑事専門弁護士』や『イノセンス 冤罪弁護士』の弁護士も、そこまで一つの事件でリソースをかけて調べることは現実には中々ありえないものです。他に仕事がないワーキングプアの弁護士が国選の刑事事件を積極的に受け、できるだけ手間暇をかけずに事件を終わらせようとすることもあります。しかし、ドラマの弁護士こそ弁護士のあるべき姿です。
これらのドラマは現実離れを指摘されても、それが物語の評価を下げることにはなりません。実は『99.9-刑事専門弁護士』に対しては法律事務所が豪華すぎる、パラリーガルを調査に投入できる点が現実の法律事務所のギャップがあり、弁護士界隈では好評一辺倒ではありませんでした。
それでも『アンサング・シンデレラ』のようにドラマの評価を下げることはありませんでした。冤罪を明らかにする弁護士活動は誰も否定できないものだからです。『アンサング・シンデレラ』では「ありえない」の大合唱になることは、患者に寄り添うという建前の理想すら医療従事者にはなくなっているのでしょうか。目の前の多くの仕事を片づけるということしか考えなくなっているのでしょうか。
第二の薬剤師の範疇を超えているのではないかという点は、むしろチーム医療というトレンドに合致しています。チームの誰かが気付いたことが患者を救います。
医師をヒエラルキーとした体制は古いものです。どうしても日本は異なる職種があると上下関係で見てしまいがちです。その弊害に問題意識を持つ側も、平等主義で全員がジェネラリスト化することを解決策として考えがちで、強みを潰すことになりかねません。もっと横で見ることはできないものでしょうか。
チーム医療は医療従事者にとどまりません。医師と本人だけで話が進み、家族は不安に感じているシーンが描かれます。かつては本人に伝えず、家族に告知することが問題とされました。一方で本人だけも問題になります。チーム医療の広い意味は医療従事者のチームだけではありません。家族らも含めたチームになります。
2020年アメリカ合衆国大統領民主党予備選挙候補者のAndrew Yangは著書で医療部門の頑迷さを示すジョークを紹介しています。「優れたアイデアを死なせたかったら、医療部門にもっていくといい」(アンドリュー・ヤン、早川健治『普通の人々の戦い AIが奪う労働・人道資本主義・ユニバーサルベーシックインカムの未来へ』那須里山舎、2020年、351頁)。『アンサング・シンデレラ』への「ありえない」批判はAS ISを絶対視して、TO BEを拒絶する医療関係者の頑迷さを反映しているのではないでしょうか。
『99.9-刑事専門弁護士 第五夜』事実を捻じ曲げる検察
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