田村正之『月光!マネー学 心静かにお金を増やすための91のルール』(日本経済新聞出版社、2008年5月20日発行)は資産形成のための実用書ですが、一般の財テク指南書とは大きく趣が異なります。マネーゲームによる爆発的な資産増加を志向していません。ギラギラすることなく、月の光のように静かにゆっくりと資産を増やしていくこと目指します。
本書の特徴は徹頭徹尾、消費者の視点で書かれていることです。例えば投資信託など大手金融機関が積極的に奨める金融商品については手数料の高さを問題視します。「トホホな商品にさよならを」という章を特別に設けて、消費者ではなく販売する金融機関にメリットがあるとしか考えられない金融商品の仕組みを明らかにします。
さらに「ある投信裁判」と題するコラムでは、大手証券会社による投信の悪質な販売によって約6000万円の損害が発生したと個人投資家が提訴した裁判を取り上げています。脳梗塞の障害が残るA氏は証券会社の勧めに従って投資信託を大量に売買しました。その結果、A氏には6000万円の損失が発生した一方で、証券会社は1315万円の販売手数料を得ました。
A氏に投資信託を勧めた女性営業職員の証人尋問を傍聴した著者は以下の感想を記しています。「休憩時間になると、女性は仲間たちと普通に笑顔を浮かべて談笑していました。その普通の様子がどこか不思議に感じられました」(174ページ)。
私は不動産会社から隣地建て替えによる日照・眺望・阻害阻害という不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りされ、裁判で売買代金を取り戻した経験があります(林田力「東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った」ALIS 2020年3月20日)。
裁判では東急不動産社員の証人尋問も行われました。『月光!マネー学』の記述と同じく、だまし売りによって他人の人生をメチャクチャにしたという自覚すらない不真面目な態度でした。それ故に著者の違和感は共感できます。証人尋問のエピソードを資産運用を勧める書籍で言及したことを高く評価します。
また、本書では税金の控除や病院から差額ベッド代を請求されても支払い義務が生じない条件など、不要な出費を抑制するための情報を掲載しています。資産運用といえば稼ぐことを想起しがちですが、ガツガツしても日本経済の景気回復とか株価回復という目的に乗せられてしまうだけです。1円の節約は1円の稼ぎに等しいものです。月光のような落ち着いた資産運用が消費者には必要です。
一般の財テク指南書は「公的年金は期待できない」と危機感を煽ることで資産運用を奨める傾向があります。これに対して本書は「なんとかして少しでも多くもらえるようにならないか」との視点で書かれています(238頁)。ユニークな点は厚生年金についての記述です。
厚生年金保険料は4月から6月までの給与などを平均した額に基づき算出されます。そのため、たまたま4月から6月に残業が多かった場合は保険料が高くなります。この事実自体は社会保険制度に関心のある層ならば周知の内容です。これは「4月から6月にだけ残業すると保険料が高くなるので損」という形で理解されることが多いものです。
これに対して本書は正反対の結論を出す。「保険料は会社と本人の折半ですから、会社には高い保険料を払うことにメリットはないのですが、本人にとっては会社が負担してくれる分が増すので、最終的にはその分お得です」(251頁)。目からウロコが落ちました。新鮮な驚きと深い納得が得られる一冊です。
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◆林田力の著書◆
東急不動産だまし売り裁判―こうして勝った
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