ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)×イノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ)の刑事司法に関する共同プロジェクト第1回シンポジウム「人質司法を考える」が2023年6月30日に対面とオンラインのハイブリッドで開催されました。司会は斎藤司・古川原明子(共にIPJメンバー/龍谷大学教授)。一般財団法人イノセンス・プロジェクト・ジャパンは、刑事事件の冤罪被害者を支援・救済し、冤罪の再検証を通じて公正・公平な司法を実現することを目指しています。
最初に石塚章夫IPJ理事長/弁護士が開会の挨拶をしました。大川原化工機の外為法違反冤罪事件の国賠訴訟について話をしました。これは化学機械メーカー「大川原化工機」の社長らの外為法違反冤罪事件です。大川原社長らが違法な捜査で損害を受けたとして、国と東京都を相手取り、計約5億6000万円の賠償を求める国家賠償請求訴訟を東京地裁に起こしました。
続いて土井香苗・HRW日本代表がHRW「人質司法報告書」の趣旨を説明しました。HRWは2023年5月25日に報告書『Japan's "Hostage Justice" System: Denial of Bail, Coerced Confessions, and Lack of Access to Lawyers(日本の「人質司法」:保釈の否定、自白の強要、不十分な弁護士アクセス)』を公表しました。日本の人質司法が国際基準から外れている実態を明らかにしました。
HRWの動画「日本:「人質司法」による人権侵害」を上映しました。冤罪被害者の事例が説明されました。警察が妻の実家に押しかけて離婚した方が良いと圧力をかけたと言います。冤罪被害者は自殺したいと思うようになったと言います。
渕野貴生・IPJ理事/立命館大学教授は「「人質司法」の問題点とは」と題して話をしました。身体拘束を利用して取り調べを行うことは黙秘権を侵害します。取り調べ目的の逮捕勾留は認められていません。ところが、日本では黙秘をすると安易に保釈が認められません。
アメリカでは被疑者が黙秘権を行使するか、弁護人の立ち会いを求めれば直ちに取り調べは終了します。日本の取り調べは執拗に自白を追及します。被疑者・被告人の人格を侵害して国家権力に完全屈服させることを迫る行為です。日本の警察官には防御権行使を嫌悪し、防御権を行使する相手に制裁する発想から抜け出せていません。人間の尊厳を侵害する重大な問題です。
笹倉香奈・IPJ事務局長/甲南大教授が「HRWとIPJの共同プロジェクトについて」を説明しました。冤罪事件の背景には人質司法があります。共同プロジェクトの名称を「ひとごとじゃないよ!人質司法」と名付けました。人質司法はイデオロギーとは関係なく、誰の身にも降りかかる問題です。
続いてパネルディスカッション「「人質司法」を体験して:私の経験」です。パネラーです。山岸忍・プレサンスコーポレーション元代表取締役、プレサンス元社長えん罪事件弁護団の秋田真志・IPJメンバー/弁護士、中村和洋弁護士/元検察官、西愛礼IPJメンバー/弁護士/元裁判官。コーディネーターは亀石倫子・IPJメンバー/弁護士。
山岸元社長は学校法人明浄学院の業務上横領事件の冤罪被害者です。学校法人の元理事長や会社の部下らと共謀し、法人の資金21億円を横領したとして大阪地検特捜部に業務上横領容疑で逮捕、起訴されました。大阪地裁は2021年10月に「検察官の聴取によって、元部下の供述が変わった可能性が否定できない」と無罪判決を出し、確定しました。山岸忍元社長は、大阪地検特捜部の不当な捜査で身柄を拘束され、名誉を傷つけられたとして、国に7億7千万円の損害賠償を求めて国賠訴訟を提起しました。
捜査機関は山岸さんを横領の共犯者とのストーリーを作りました。勾留された当初は時計がないことが辛かったと言います。時間を教えてくれません。おかしくなってしまいます。独居房で話し相手もないため、取り調べの検察官と会えることが楽しみとなってしまいます。検察官は人間関係を作るために共通の話題を作ろうとしています。世の中で自分のことを考えてくれる人と誤解してしまいます。
弁護人への依頼は逮捕される5日前くらいでした。人間関係が構築できていません。弁護人もアドバイスできません。検察官は深いところを見ています。当時は弁護人よりも検察官を信頼していました。弁護人の立ち合いを求めたことがありましたが、「できる筈がない」と拒否されました。
「黙秘することは卑怯だ」と思っていました。検察官が「弁護士が黙秘を勧めている。それは卑怯だ」と言っていました。黙秘が卑怯と刷り込まれました。これまで黙秘について考えることはありませんでした。
中村弁護士は黙秘を勧めました。取り調べは全て証拠を見せて行うフェアなものではありません。捜査官は罠にはめる技術に長けています。話せば話すほど罠にはまります。
部下の取り調べは過酷でした。脅迫でした。最初に家族構成を聞きます。子どもが何人いるかと質問します。最初は「さん」付けですが、最後は「お前」呼ばわりで、怒鳴ります。部下の取り調べに弁護士の立ち合いがあれば逮捕はありませんでした。脅して自白させることはできませんでした。
取り調べの録画は抑止力になりません。自分達は録画の文字起こしをしました。業者に頼むことはできません。自分達でしなければなりません。普通の人はできません。それを検察は見越しています。
否認している限り保釈しないならば、保釈されたいために虚偽の自白をすることになります。公平公正な裁判をしたいならば身体拘束をしないと発想を転換する必要があります。
検察は村木事件を反省していません。取り調べで検察官は「検察の理念」を読み上げて、「ふざけんなよ」と怒鳴りました。検察官に期待することは無理です。制度で変えるしかありません。解決策は立ち合いです。取調室に別の人を入れるしかありません。検察官は自分の見立てに合わせた供述をとりたいだけです。それをするためには密室が必要という発想があります。制度があれば変わっていきます。
郷原信郎・弁護士/元検察官が「東京地検特捜部での「人質司法」」と題してコメントしました。検察には人質司法を問題という感覚はありませんでした。検察に反省を求めることは不可能です。
保釈に対する検察の反対は刑訴法の権限を使った犯罪と思います。人質司法でボロボロにされて拘置所から出てくる人がいます。
書籍『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』で人質司法などの問題を論じています。事件には発生型事件と立件型事件の二種類が存在します。立件型事件は贈収賄事件、経済事犯など捜査機関の判断で立件するタイプです。どちらも冤罪が起こりますが、立件型事件は事件そのものがでっち上げということもあります。
立件型事件は検察が事件と考える事件です。プレサンス冤罪事件も立件型事件です。立件型事件の冤罪は真犯人がいません。冤罪事件となると立件すること自体が間違えとなります。そのために検察は何が何でも有罪にしようとし、深刻な人質司法が起きています。検察官は裁判所をだませると思っています。
二番目のパネルディスカッションは「国際社会から見た日本の刑事司法とビジネス」です。パネラーは山岸さん、イェスパー・コール(Jesper Koll)さん(エコノミスト、マネックスグループ専門役員)。コーディネーターは亀石さん。
人質司法は日本のダークサイドとして有名です。日本ではミランダ・ルールはありません。海外には、きちんとしたルールとプロセスがあります。日本のプロセスは不透明で無責任です。日本に投資しようというハードルになります。人質司法は日本の損失になっています。
人質司法を解消することは人間的な近代化をするチャンスです。価値観をアップデートする段階に来ています。韓国ドラマを観ていても弁護士が取り調べに立ち会うシーンがあります。日本が例外です。
川﨑拓也・IPJ理事/弁護士が閉会の挨拶をしました。ビジネスの視点から日本の刑事司法を議論する興味深いシンポジウムになりました。カルロス・ゴーンさんの事件もありましたが、このままでは日本にビジネスパーソンは来なくなります。取り調べの弁護士立ち合いは韓国や台湾で実現しました。しかし、日本と中国と北朝鮮では実現していません。市民一人一人が人質司法を他人事ではないと考えるようになれば、より多くの人々が来る魅力的な国になります。
カルロス・ゴーン記者会見で検察主導を指摘
カルロス・ゴーン氏レバノン出国と人質司法
キャロル・ナハスさん逮捕状と日本の司法は中世並み
99.9 刑事専門弁護士 SEASON I 特別編