NHK大河ドラマ『どうする家康』第26回「ぶらり富士遊覧」が2023年7月9日に放送されました。タイトルの「ぶらり富士遊覧」は武田勝頼の滅亡後に織田信長が徳川家康にもてなされながら東海道を帰ったことを指します。ここでは勝頼滅亡は規定事実です。
第15回「姉川でどうする!」で金ヶ崎の退き口が「なんやかや」で済まされたように勝頼の滅亡もあっさりと終ってしまうと予想されましたが、そこまであっさりではありませんでした。勝頼は落ち目になっても自信過剰でした。ゴルゴ13の台詞に「強すぎることは、弱さと同じくらい悪い。その強さによって自分を過信し、殺されてしまう」があります。これは勝頼に当てはまります。
勝頼の最後の選択ミスは甲府から逃げる時に真田昌幸を頼らなかったことです。しかし、『どうする家康』の勝頼では昌幸を頼らずに自分が戦う道を選択することは自然です。今川氏真と勝頼は共に偉大な戦国大名を父親に持ち、父親から相続した領土を失いました。氏真は生き残った点で勝頼と異なります。武士として生きることを捨てたからでしょうか。
今回から家康も家臣達も月代を剃るようになりました。兜を被ると蒸れるために生まれた風習です。ところが、戦国時代末期になって広がり、戦がなくなり、兜を被らなくなった江戸時代に固定化したことは不思議です。本来の目的が忘れられ、制度を維持することが目的化することは日本ではよくあります。日本型組織の弊害と言えるでしょう。
家康が信長の犬になったと家臣達は不満です。家康は信長の家臣になって生き延びた形ですが、家臣として見ると家康は自身の領地と家臣達を持っており、その勢力は強大です。警戒される存在です。信長に尽くす姿勢を見せることは意味があるでしょう。これだけへつらうことができる徳川家康ならば、後に臣従しない豊臣秀頼を滅ぼすことも無理はないとなるでしょうか。
信長は家康の旗印「厭離穢土欣求浄土」に否定的です。信長の旗印は永楽銭です。貨幣を旗印にする信長からすると宗教的なスローガンを掲げる家康とはセンスが異なるでしょう。関ヶ原の合戦で激突する石田三成の方が「大一大万大吉」というスローガンを旗印にしている点で家康とセンスが近いと言えるでしょうか。
羽柴秀長が登場します。兄の羽柴秀吉と似ており、秀吉と同じく曲者の雰囲気があります。伝統的な秀長は律儀で誠実なイメージがありました。秀吉とは容貌も性格も異なるように描かれていました。曲者の秀長は石井あゆみ『信長協奏曲』がありますが、こちらは秀吉とは似ていません。『どうする家康』の秀長は曲者の似た者兄弟です。
明智光秀が信長の側近になっています。前回までの佐久間信盛のポジションが光秀に変わりました。光秀は本能寺の変直前には畿内管領と言って良い地位にあったとされますが、佐久間信盛の失脚後に継承したという説と重なります。光秀は戦死した勝頼を冒涜する下種さがあります。『麒麟がくる』の光秀に比べると残念な光秀です。甲州征伐後に光秀が信長から折檻を受けた話があります。勝頼を冒涜した光秀を信長が折檻するならば筋は通ります。
最後に家康は衝撃の発言をします。本能寺の変へのカウントダウンも表示されました。本能寺の変は黒幕説が盛り上がりますが、『どうする家康』も新たな黒幕説を提示しそうです。築山殿事件という前半のクライマックスが終わりましたが、視聴者の関心を惹きつけ続けます。
『どうする家康』第25回「はるかに遠い夢」身代わりのだましは失敗
『どうする家康』第24回「築山へ集え!」交易による平和主義
『どうする家康』第23回「瀬名、覚醒」悪女の冤罪を晴らす
『どうする家康』第22回「設楽原の戦い」嫌な仕事を押し付ける