日本の新型コロナウイルス(COVID-19; coronavirus disease 2019)検査抑制を問題視する声が内外で高まっています。在日米国大使館は2020年4月3日、以下のHealth Alertを出しました。「The Japanese Government's decision to not test broadly makes it difficult to accurately assess the COVID-19 prevalence rate.」。検査を広く実施しない日本政府の方針によって、COVID-19の感染率を正確に評価することは難しいとします。
シカゴ大の山口一男教授(社会統計学)は「検査数を絞ったことで感染者を把握できていないからで、この結果(水面下の)感染を拡大させた」と主張します(「<新型コロナ>「感染者統計にゆがみ」 シカゴ大・山口一男教授 日本の少数検査に苦言」東京新聞2020年4月3日)。
新型コロナウイルス感染が判明した吉本興業所属お笑いタレント森三中の黒沢かずこさんの夫の鈴木おさむさんは「病院行っても、検査してくれなくて、粘って粘って、頼みこんで、やっと今週水曜日検査してくれたんです」と指摘します。中々検査を受けられなかったために判明が遅れたのに、黒沢さんは新型コロナウイルス感染を二週間放置していたとバッシングを受けています。
検査抑制は第一に検査を受けたくても受けられない人の選択の自由、医療を受ける権利が損なわれる問題です(林田力「新型コロナウイルス検査抑制と和牛商品券」ALIS 2020年3月27日)。この点は個人主義の観点から強調します。
検査抑制は感染拡大阻止にも問題があります。PCR検査は精度が低いとの指摘がありますが、これは検査しない理由にはなりません。もし精度が低いことが問題ならば、検査を増やして精度を高めていくしかありません。検査数の抑制は逆効果になります。日本の技術水準が大量検査を進める諸外国よりも一方的に低くなるだけです。
日本はクラスター対策に注力することで、これまで持ちこたえていたとの指摘があります。検査抑制が全般的な方針ならばクラスター封じ込めが本当に封じ込められたかという疑問が生じます。公開情報から事業所で感染者が出た場合の検査割合を見てみます。
3月1日までに新型コロナウイルス感染者4名が判明した立正佼成会附属佼成病院(杉並区和田、杏林学園教育関連施設)は「検査対象となったのは合計48人」(井艸恵美「新型コロナ院内感染、そのとき何が起こったか 東京・佼成病院が経験した「苦闘の3週間」」東洋経済Online 2020年4月4日)です。佼成病院は職員数680人、病床数340床。患者数は外来約600人/日、入院約280人/日です。検査割合は職員数の7%です。職員数に1日当たりの患者数を加えた人数に対する検査割合は3%です。
3月31日までに新型コロナウイルス感染者10名が判明した中野セントラルパークサウス(中野区中野)のコールセンターは従業員数約600名、座席数約250席で、検査人数は60名です。検査者の割合は従業員数の10%、座席数の24%です。コールセンターという密集・密閉・密接の度合いが高い職場環境を踏まえると検査数の少なさを感じます(林田力「中野セントラルパークサウスCOVID-19感染が正式発表」ALIS 2020年4月2日)。
佼成病院はコールセンターより少ないです。コールセンターは1フロアであるのに対して、佼成病院は敷地全体の建物です。一方で病院は濃厚接触の度合いが高く、職員以外の出入りもあります。コールセンター以下の検査数で良いのかという感覚があります。
佼成病院の問題を取り上げた週刊誌記事は「病院が閉鎖される前に出入りしていた患者の家族や様々な業者などに知らず知らずのうちにウイルスが波及している可能性は極めて高い」と指摘します(「新型コロナ「院内感染」東京・杉並佼成病院の場合」週刊現代2020年3月14日号47頁)。
佼成病院では最初に感染が判明した患者と同室だった退院患者の新型コロナウイルス感染が判明しました。これは患者が術後の経過確認のため2月26日に病院に来て、「息苦しい」と訴えたことから発覚しました(前掲東洋経済記事)。佼成病院の高橋信一副院長は「不意打ちを食らった」と表現します。
これは上からの接触者洗い出しの限界を示しています。患者本人の自発的な訴えに対応することが大切です。そのためには感染者の発生場所や想定される感染経路を広く情報公開し、本人の方から該当すると判断できるようにする必要があります(林田力「新型コロナウイルス外出自粛と世代」ALIS 2020年3月28日)。
上からの調査の限界と言えば、追跡調査もあります。保健所からは「若者は聞き取り調査のための電話に出てくれない」との声が出ているとされます(「「調査の電話に出てくれない」感染拡大の若年層、追跡拒否のケースも」読売新聞2020年4月5日)。マンション投資の迷惑勧誘電話などがある状況では無理もないことです。
また、今や相手の時間を奪う電話よりも非同期のメールがコミュニケーションツールとして好まれます(林田力「昭和の体質と電子メールの非同期性」ALIS 2020年3月12日)。
役所の指定するコミュニケーション手段に一方的に合わせてもらえると期待することに無理があります。マーケティングの世界ではプッシュ型営業からプル型営業へのシフトが言われています。行政にも民間感覚が求められます。