NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が2022年10月16日に第39回「穏やかな一日」を放送しました。和田合戦の導火線も描かれ、不穏しか感じられない内容ですが、死人が出ないために穏やかな一日なのでしょう。
オープニングではナレーションの長澤まさみさんが侍女役で登場しました。視聴者に向かって、複数年の出来事を一日に凝縮して描くと語りかけました。メタな言動です。2021年の大河ドラマ『青天を衝け』では物語の二百年以上前に死亡した徳川家康が「こんばんは、徳川家康です」と登場し、視聴者の度肝を抜きました。『鎌倉殿の13人』ではナレーターが劇中人物のいる世界に登場しました。大河ドラマの狂言回しに新たな歴史を刻みました。
牧氏事件で北条時政と牧の子を追放した北条義時は幕府の実権を握ります。しかし、義時が実現しようとしてできなかったことが二点あります。第一に守護の任期・交代制です。これは守護の反発によって頓挫しました。
第二に自身の家臣を御家人にすることです。これは源実朝に反対されました。義時としては自分の家臣を御家人とすることで御家人に自分の派閥を作りたかったのでしょう。実朝は、そのようなことをすれば、かつて家臣だった人物が思い上がって北条の恩を忘れることになりかねないと義時の利益も考慮して反対しました。この点には実朝の権力ではなく、論理で勝負する政治家としての資質があります。
義時の目論見は頓挫しましたが、その後の歴史を踏まえると虚しさがあります。守護の任期制は実現すれば幕府権力を強化することになったでしょう。室町幕府の守護領国制は成立せず、日本の歴史が変わっていたかもしれません。
現実は御家人を適材適所で守護として配置することができなくなった代わりに北条一門が守護を独占することになりました。北条氏の立場からは、北条一門が守護になることで、元寇や悪党の跋扈のような課題に対応するとなります。
義時の家臣を御家人にすることについても、それ自体は阻止されましたが、得宗の家臣は身内人として御家人以上の権勢を振るうようになります。実朝は家臣を御家人とすると増長する危険があると言いましたが、身内人の筆頭の内管領は執権も恐れる権勢になりました。内管領の平頼綱は執権北条貞時から危険視されて平禅門の乱で滅ぼされました。内管領の長崎円喜・高資父子は得宗以上の権勢を誇りました。
頑張っても頑張らなくても源氏将軍には傀儡となる未来しか見えません。太宰治『右大臣実朝』の実朝は厭世的な人物に描かれます。実朝は賢い人物でした。未来を見通す洞察力があると厭世的になるしかないでしょうか。
「穏やかな一日」では家臣を御家人にする話を鶴丸(平盛綱)に絡めたところが巧みです。自分の派閥を増やそうという政治的な話ではなく、義時の人間味を出しています。泰時は御家人になりたいとの鶴丸の願いを即答で拒絶します。泰時は義時死後に北条得宗家の家政を司る家司を置きます。家臣を御家人にするのではなく、自己の家臣団を組織します。
義時は平盛綱を御家人にしたいと実朝に申し出ますが、実朝は強い言葉で反論します。北条政子や義時が和田義盛の上総介任官の希望を拒絶したことと同じ理由を持ち出します。ここには実朝の論理力があります。
義時は論理で負けましたが、ブラックな対応で対抗します。北条得宗家は鎌倉時代を通じて自分の意思を持った将軍を京に送り返しています。将軍をあからさまに傀儡として扱う義時のブラックさは北条得宗家の現実です。ここを取り繕って主人公を美化しないことは歴史への誠実さを感じます。
政治史として面白い分野ですが、実朝個人の思いも絡みます。実朝は語気を強めて義時に反論しました。感情的になった背景には盛綱が弓の試合で勝利し、北条泰時と盛綱が喜んで抱き合ったシーンを見てしまったということがあります。泰時と盛綱は単純に喜んだだけですが、実朝にとっては別の感じ方が出てきます。
実朝は恋の歌「春霞 たつたの山のさくら花 おぼつかなきを 知る人のなさ」を渡して相手に返歌を求めますが、その相手から「鎌倉殿は間違えておられます。これは、恋の歌ではないのですか」と返されます。これは切ないです。同性婚が違憲訴訟で求められている現代日本社会にも刺さる内容です。実は前近代は珍しいことではありませんでした。明治から昭和が異常であり、その常識を捨てることが求められます。
実朝が「間違えて渡してしまったようだ」として恋の歌の代わりに渡した歌が「大海の磯もとどろによする浪われて砕けて裂けて散るかも」です。これは実朝の傑作と評価されている和歌です。波がぶつかる姿を容易に思い浮かべることができます。しかし、ドラマでは自然の情景を呼んだというよりも実朝の恋心が割れて砕けて避けて散ってしまったことを表します。やはり実朝は優れた歌人です。
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