テレビアニメ『鬼滅の刃』「柱合会議編」が2021年9月23日に放送されました。ここでは鬼舞辻無惨の下弦の鬼に対するパワハラ会議が注目されました。無惨の言うことを肯定しても否定しても殺される理不尽さがブラック企業になぞらえられました。アニメ第一期の最終話(第26話)であり、視聴者に強烈な印象を与えました。
しかし、原作の全編を通して読むと、必ずしもブラックとは言えない面もあります。無惨は鼓屋敷編の響凱(きょうがい)を下弦の鬼剥奪で済ませています。これはパワハラ会議の対応と比べて差があります。ここには響凱の持つ空間操作の能力が有用ということがあるでしょう。戦闘力は弱くても特別なスキルがあれば、それなりの対応になります。
原作第12巻の上弦の鬼会議も下弦の鬼へのパワハラ会議とは異なります。童磨のように態度が良いと言えないものもいますが、下弦の鬼のように虐殺しません。これは上弦の鬼の能力を評価しているためでしょう。無惨はマウンティングしたいだけの暴君ではなく、能力で評価する公正さがある。人間関係だけで評価される昭和のブラック企業よりもフェアです。
この能力評価の公正さという視点に立つとパワハラ会議にも別の見方が出てきます。パワハラ会議で最も理不尽なものは下弦の肆の零余子(むかご)への対応でした。「鬼狩りと遭遇したら逃亡しようと思っているな」との質問に「いいえ思っていません。私あなた様のために命をかけて戦います」と回答しました。
ところが、「お前は私が言うことを否定するのか」と責められます。これは肯定しても否定しても責められるダブルバインドと批判されます。しかし、公正な評価という視点に立つと零余子の発言は、中身のない「頑張ります」に過ぎないと見ることもできます。
実際、後の上弦の鬼の回答は優れています。無惨は産屋敷を見つけていないと上弦の鬼達を責めます。これに対して上弦の鬼は「巧妙に姿を隠している」と相手の強みや「俺は探知探索が不得意」と自分の弱みを率直に認めています。また、別の鬼は目的を実現するためのステップとなる情報を提示しました。正しい報告に必要なものは「頑張ります」ではなく、事実であることを認識しています。
精神論根性論を否定し、アウトプットを出す相手を認める無惨は昭和のブラック企業よりも公正と言えるでしょう。無惨は会議を百年に一度程度しか行いませんが、ブラック企業は朝礼での気合入れなど会議で拘束する体質があります。無惨はブラック企業体質とは異なると言えるでしょう。
パワハラ会議は、お館様・産屋敷耀哉の人徳と対照させる演出効果があります。しかし、鬼殺隊は能力以上に頑張らせるという点で中々にブラックです。竈門炭治郎や我妻善逸は本人の希望を十分に確認せずに剣士にさせられました。最終選別の藤襲山(ふじかさねやま)は一般の候補者では倒せない鬼がのさばっており、管理されていません。
炭治郎の最初の任務は血鬼術を使う鬼でした。次の任務も元下弦の鬼でした。どちらも新人の実力に見合ったアサインではありません。しかも、炭治郎は骨折していても次の任務にアサインさせられました。那田蜘蛛山も最終的に柱二人を派遣したものの、その前に最下級「癸」の三人を送っており、戦力の逐次投入の感があります。
また、炭治郎の最初の任務は禰豆子がいたから勝てたようなものです。この時点で禰豆子は鬼狩りに絶大な貢献をしています。ところが、その成果は共有されておらず、柱合裁判で査問されてしまいます。鬼殺隊を政府と無関係な純然たる民間組織としたことは、この種の物語ではユニークであり、公務員組織への信頼が低下し、民間が重視される21世紀を反映していますが、風通しの悪い日本型組織の弊害は見られます。
興行収入1位の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』と『千と千尋の神隠し』
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