こんにちはhikarumです。
先日紹介した
の後半部分の紹介です。
3章以降は
大雑把に言うと
人間の意識について
AI
量子論
哲学
仏教
アート
など…
の分野によせて、記述しています。
(うがった見方だと、かなり心理学的決定論によせてるなぁ、とは感じました。でも、面白いです)
ネタバレしてもあまり関係なさそうですので、
この本の主題は
です。
著者の意見では
と、あります。
なので、アートの章 12章
曰く
マルセル・デシャン
の
「泉」
を使って解説してあります。
既製のセラミック製の男性用小便器に「R.Mutt」という署名と年号が書かれ、「Fountain(泉)」というタイトルが付けられ、アート作品として展示された
著者視点の解説の解説は
同じ既製品の便器でも
「泉」
はアート作品という
作品として価値を見出せる(賛否ありますが)
とあります。
…わかったような気がしたんですが、
この本の要点
心理学的決定論
=
自由意志などない(全て決まっている)
から
意志=意識は情報に過ぎない
まで行く道筋がなかなか私には理解出来ませんでした。
しかし、紹介書くにあたり
何度か返し読みして、私の解釈としては
情報こそ意識で、
万物や事象(宇宙から細胞・分子・原子・電子まで)には、量や質的な違いはあれど、意識がある
環境(意識=情報による活動)の相互作用で、あらゆる事が決まって行く以上、全ての情報がわかれば、未来もわかる=未来は決まっている
です。そして、
アートの章を私なりに解釈し直すと
多くの情報をもつ便器「泉」が見る人に作用し、その人は便器にアート感を感じる
→アートを感じるのは自由意志ではなく、便器がもつ情報の量から
逆に、アートを感じないのはそれまでの人生(情報の相互作用の積み重ね)の結果なだけで、それも自由意志ではないということでしょうか?
……
難しいですね…
色々、考えさせられてしまいました。
そもそも、こういう概念を言語化すること事態かなり難易度高いので、わかりにくかったらごめんなさい💦
最後まで読んで頂けたら、ありがたいです。
(前半部分の紹介)
https://alis.to/hikarum/articles/KmQe96qLX80R