「脱衣所にゴキブリが出た」
会社で仕事をしていると携帯が鳴った。同居人からだ。
ルームシェアをし始めて5ヶ月が経とうとしているが、だんだんと部屋も散らかってきていて、そろそろ出るかもしれないと腹はくくっていた。
にもかかわらずはるかに大きなショックが襲い掛かり、身震いが止まらなかった。
聞くところによると2日間、連続で出たらしい。しかも、どっちも同じ場所。
風呂場への扉の取っ手付近だ。
風呂に入ろうと手を掛けたところ、黒い物体が扉の壁を這いながらうごめき、視界に入ってきたようなのだ。血の気が引いた。
筆者の場合、風呂はいつも朝に済ませる。この事前共有を受けた夜は風呂に入らず、就寝した。
そして翌朝。
脱衣所に繋がるドアをほんの少し開け、おそるおそる顔をのぞかせる。ひとりでスニーキングミッションをやっているような感覚。
脱衣所に異常は見られなかった。
少しの安堵感を胸に、一歩踏み出す。そして問題の、風呂場への扉を見る。ついで、取っ手とその周辺を凝視する。
何もいない。
ほんとにいないのか再確認するが、やはりいつも通り。
「ホッとした」という表現があるが、人間、本当に安心した時は「ホォ~~ぉぁあ....」ってなる。
いつも通り服を脱ぎ、裸になり、なんの警戒心もなく取っ手に手をやる。勢いよく「ドン」と扉を押し込む。
握りこぶし半分ほどの黒い物体が、上から降ってきた。
扉を押し込んでいる手の上に、乗った。
声にならない声を叫びながら、素っ裸のまま部屋に駆け戻る。
歯ブラシも、洗顔も、下着の着替えも、もちろん風呂も、脱衣所の中。
ぼくが今日、ボサボサ頭で汗臭い上に、なおかつノーパンで出勤している理由は以上だ。