日本企業が国際的に競争力を持つ製品分野のひとつにガラスレンズがある(ガラスレンズと敢えて書いたのはプラスチックレンズも世の中には存在するためだが、これについてはまた別の回で触れることにしたい)。ガラスレンズの主な用途で真っ先に思い浮かぶのはデジタルカメラであろう。特に一眼レフカメラ用のレンズは付加価値が高い。また、半導体を製造するための露光装置に使われるレンズもまたガラス製だ。ガラスレンズのサプライチェーンを思い浮かべると、川上から川下まで日本企業の名前で占められる。しかも、少数の企業しかいない。例えば一眼レフカメラの場合、ガラスの材料(硝材)をHOYAとオハラが製造し、それをキヤノンやニコン、タムロンが研磨し、最終的にレンズまで仕上げる。市場自体は縮小しているが、技術的な優位性では日本企業が依然として首座を占めているといっていい。
それではガラスレンズにおける競争優位のポイントはどこにあるのか。一言で表せば、集光の精度ではないかと思う。すなわち、光をどれだけ一点に集められるか。太陽の光を虫メガネで集めて黒い紙を焦がす。デジタルカメラや露光装置に求められる集光の精度は、虫メガネのそれとは当然ながら全く次元を異にするのだろう。それでは集光の精度を高めるにはどうすればよいか。レンズを精巧に研磨することである。日本の光学機器メーカーがガラスレンズに強みを持つのは研磨の技術に秀でているからにほかならない。
さて、今回紹介するジェイテックコーポレーションはキヤノンやニコンを体感的に上回る技術力の企業だ。売上高の約9割を占めるオプティカル事業の柱はX線ナノ集光ミラー。かれらの集光精度は文字通りナノレベルだからハンパない。ただし、レンズによって集光するのではなく、複数のミラーに反射させながら光を集める点で原理的にはキャノンとニコンとは異なるようだ。主要な顧客は研究機関と大学であり、ジェイテックのミラーを搭載した装置は、微量元素や結晶の構造解析に利用されるほか、最近では創薬や再生医療技術の基礎研究などに使われているらしい。X線が放つ光を極限まで集光して物質に照射し、その物質の構造を分析することが主な用途と考えられる。
ジェイテックの凄さをうまく伝えきれていないことは承知しながら、注目したいのはかれらが描く今後の展望だ。高精度な集光ミラーを製造する技術を応用して、将来的に半導体製造装置の分野へ新規参入したいとしている。ターゲットとなる製造工程のひとつが露光。まさにキヤノンやニコンと競合する領域だ。従来のレンズを使った露光ではなく、複数のミラーに反射させる原理で半導体の回路を描くとなった時、半導体の微細化技術にとって新たなブレークスルーとなりうるのか、またそれによってキヤノンやニコンが構造的に競争力を失うことになるのかが注目される。あるいは、ジェイテックが露光装置を丸ごと作ることは想定しづらいから、主要パーツであるミラーのみを装置メーカーに販売することになるのかもしれない。しかしその場合においても、キヤノンやニコンの付加価値に大きなダメージを与えることが想定される。
露光装置に対する収益の依存度がより高いニコンは、やはり新規事業の育成・拡充を急いだ方がいい。