筑波山神社を詣でました。過去に4度、参拝に訪れています。
一の鳥居(石の大鳥居)
筑波山口から、筑波山方面に向かう自動車道にまたいで造られている鳥居です。
この鳥居を車でくぐって、旧参道(つくば道を)登ります。
茨城県道139号筑波山公園線(つくば道)
筑波山中腹の筑波山神社前から、つくば市北条市街地まで南北に結ぶ一般県道で、
関東の霊峰・筑波山中腹の筑波山神社への参道であった「つくば道」を、ほぼそのまま踏襲して県道指定したもの。
ものすごい急坂で、ほぼ一直線に筑波山の麓から筑波山神社へ向かっています。すごい急坂なので、所々、上下に畝っていて、滑らないように道路にスベリドメラインがあります。
↓2002.11に初めてこの道路を通った感想↓
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筑波山神社へ伸びている道があるではぞお。よし!このルートで行ってみよう!道端でお茶している老夫婦がいたりして、のどかな田園風景が広がりなかなか快適。
ところが・・・・。筑波山の山すそに入り、登りだすと道は一気に狭くなり両側には民家が迫りすれ違うのがやっとの道へと変貌。
おお!狭い!しかもこの道、かなりの急勾配でしかも、ほとんど神社に向かって真っ直ぐに登っていく。緩急を小刻みに繰り返すこの道はまるで階段上の参道だ。やがて道路は歩道橋脇のスカイラインへぶち当たった。(スカイライン側から見るとあまりの細さに、とても入る気になれない道路だ。神社へと続く渋滞の列を見ると相当時間短縮したように思う。恐ろしい道ではあったが・・・^^;
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参道の石畳がいい感じです。鳥居内に「拝殿」、「筑波山」を入れたかったので地面すれすれから撮影^^
参道中央にある「筑波山神社御新橋」
神橋(しんきょう)
切妻造小羽葺屋根付、間口1間、奥行4間で、安土桃山時代の様式の反橋(そりはし)。
寛永10年(1633年)の3代将軍徳川家光による寄進とされ、元禄15年(1702年)に
5代将軍徳川綱吉により改修された。
春秋の御座替祭の際には、神輿と従者がここを渡る。by wikipedia
大きくて立派ですねー。
耳に蝉の抜け殻ピアス^^
こちらは口に蝉の抜け殻(笑
随神門
茨城県内では随一の規模である。古くは寛永10年(1633年)に3代将軍徳川家光により寄進されたが、宝暦4年(1754年)に焼失、再建されるも明和4年(1767年)に再度焼失した。現在の楼門は、その後の文化8年(1811年)の再建。
神仏習合時代には「仁王門」として仁王像(金剛力士像)を安置したが、神仏分離後は「随神門」とされた。
現在の随神門では、拝殿向かって左側に倭健命(やまとたけるのみこと)、右側に豊木入日子命(とよきいりひこのみこと)の随神像を安置。by wikipedia
神社脇のお土産屋さんのおばちゃん、いっぱいオマケしてくれました。お土産屋さんの中、懐かしい匂いがしましたよ。何て言えばいいのかな・・・木造の家が温まっている匂い・・・
筑波山ガマの油売り口上保存会の方が熱演していましたよ。
近寄って見ようとしたら、口上を止めて「あれ?大崎先生?!」と、どこぞの先生に間違えられちゃって(笑
一枚が二枚、二枚が四枚・・・・ 最後は、ガマの油を刀に塗って、腕に押し付けて、切れないパフォーマンス。
その後、油を綺麗に拭き取って、今度は腕が切れちゃって・・・(ホントに血が吹き出ていた!)、その後、ガマの油を塗ると、あっという間に止血。う~む・・・・身体をはっての口上・・・脱帽です。
後は、御神木。樹齢800年以上と言われる大杉です。
ガマの油とは、江戸時代に傷薬として売られていたとされる軟膏剤。このガマとは、元はガマガエル(ヒキガエル)である。
でも傷薬として用いられる「蝦蟇の油」は動物の脂肪から取った油、もしくは外傷に対し効果のある植物のガマの誤解である。
だって^^;;;
筑波山神社境内の随神門近くに立つ、樹齢約800年、幹まわり9.8m、高さ32mの大杉。
筑波山神社拝殿
筑波山を神体山として祀る神社で、主要社殿は次の3箇所に形成されている。
男体山本殿 – 西峰頂上(男体山、標高871メートル)。
女体山本殿 – 東峰頂上(女体山、標高877メートル)。
拝殿 – 山腹(標高270メートル)。両本殿を遥拝する。
主祭神は次の2柱。
筑波男ノ神(つくばおのかみ、筑波男大神)男体山の神。人格神を伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
筑波女ノ神(つくばめのかみ、筑波女大神)女体山の神。人格神を伊弉冊尊(いざなみのみこと)
by wikipedia
結婚式を挙げられたようですよ。
葉っぱの丸い「丸葉楠」 樹齢は解りませんが、とても元気です。
「東京・筑山講 奉献」となっていますね。狛犬の睨みが鋭いです^^
境内西側裏手にある出世稲荷神社
日枝神社・春日神社 共有拝殿
常陸七福神
土浦市にある真延寺本尊の七福神像をブロンズで2体づつ2組複製し、1組を真延寺に置き、 もう1組を筑波山域と霞ヶ浦周辺の5つの寺院と2つの神社に置き1985(昭和60)年ごろ開創。筑波山は「えびす神」
筑波山神社東並びの春日神社本殿(左)と日枝神社本殿(右)
本殿・拝殿とも寛永10年(1633年)の3代将軍徳川家光による寄進とされます。吸い寄せられました。
愛宕山神社
拝殿参拝、散策後、筑波山ケーブルカーで筑波山山頂へ。
筑波山は、西側の男体山(標高871m)と東側の女体山(標高877m)からなる。
まずは男体山へ。
ちょ~っと靄ってましたね。
男体山本殿
参拝後、東側の女体山へ。
女体山へ向かう途中にあった「ガマ石」
元来「雄龍石」といい傍らに「雌龍石」もあり、この場所で永井兵助が「ガマの油売り口上」を考え出したことでガマ石と呼ばれます。
石を投げて口の中に入ると出世するようです。結構石が詰まってますが、うまく入れている方が居ましたよ^^
女体山本殿
女体山本殿 上部より
かなり混雑していました。ここからの眺めはスゴイです。
滑ったら、真っ逆さま^^;
足がすくみます。高所恐怖症の方はご遠慮ください。なかなか、おっかない山頂でした。
左奥は男体山ですよ。
御幸ケ原と女体山の中間地点にある「せきれい茶屋」(セキレイ石の前)
「つくばうどん」美味しかったですよ。
まだまだ観るところは沢山あります。
次回は、「つつじヶ丘」から奇岩・怪石、男女川の源流と紫峰杉、自然探求路一周をしてみたいですね。筑波神社から女体山山頂を目指し、奇岩・怪石、男女川の源流と紫峰杉、自然探求路一周の方がいいかな。(2016.6&7)
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↓こちらは初めて参った時の写真(2011.2)
白菜畑と筑波山♪
神社からロープウェイのりばまでの間に福寿草があちこちに^^
ケーブルカー筑波山山頂駅より。
上がれば上がるほど雪が多くなってきて・・・こんなに雪が積もっているとは思わなかったです。
頂上駅からの絶景でございます^^
こんな日に来る事は、今後もなかなかないだろうなあ。
めをと食堂より。日光連山が綺麗に♪ 向こうの男体山と向かい合っているようですねー。
この食堂の「つくばそば&うどん」具沢山で味も美味しかったですよ。この日の前日15時にロープウェイが再開したそうです(大雪の為)
ここから東京タワーやスカイツリーも見えるようですよ。
筑波山測候所。1902年に設置され、1986年に閉鎖。現在は筑波大学が研究用に気象観測を行なっている。
なかなかレトロな建物でした。
歴史を感じさせる小さな祠(ほこら)と近代的な通信施設の取り合わせ^^
男体山頂 筑波男大神(伊弉諾尊)
ホントは歩いて登ってこないと・・・^^;;
山頂より。残念ながら富士山は見えませんでした。朝は見えていたようなんですけどねー。