古事記の中巻に入っているわけですが、第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8代天皇は、欠史八代と云われ、「古事記」や「日本書紀」にその系譜が記されている初期の天皇の系譜は、その多くが後世の創作によるものと見られ、欠史八代の天皇が実在した可能性は学術的にはほぼ無いとされているそうです。
しかし、一応系譜に沿って記していきます。7代の孝霊天皇には鬼退治伝説があるので、とりあえず6代までと関連のある神社を調べてみます。
「神社」に重点を置いて観てみますと、上巻は、神代で、大半のいわゆる有名な神社の祭神が登場します。中巻は初代・神武天皇からの物語ですが、天皇が直接祀られている神社は下記のようになり(※全ては精査しておりません)、他に天皇の周辺(皇太子や皇后など)の人たちが祭神となるようです。
初代:神武天皇・・・・・橿原神宮
14代:仲哀天皇(足仲彦尊)・・・・・筑前香椎宮
15代:応神天皇(誉田別命):八幡大神・源氏の氏神・・・・・宇佐神社
38代:天智天皇(天命開別尊)・・・・・近江神社
50代:桓武天皇:平安京遷都・坂上田村麻呂をして蝦夷平定・・平安神宮
96代:後醍醐天皇・・・・・吉野神社
121代:孝明天皇・・・・・平安神宮
122代:明治天皇:明治維新(明治元年(1867))・1922年崩御・・・・・明治神宮
(※全ては精査しておりません)
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2代・綏靖天皇の物語です。
この部分が、「まほろばチャンネル 第二代 綏靖天皇」youtubeで観られます。
綏靖天皇(すいぜいてんのう、神武天皇29年 - 綏靖天皇33年5月10日)は、日本の第2代天皇(在位:綏靖天皇元年1月8日 - 綏靖天皇33年5月10日)。『日本書紀』での名は神渟名川耳天皇。欠史八代の一人で、実在性については諸説ある。
神日本磐余彦天皇(神武天皇)の第三皇子。母は事代主神の娘の媛蹈鞴五十鈴媛命(日本書紀)[1]。同母兄に神八井耳命(多臣等諸氏族の祖)、『古事記』では加えて同母長兄に日子八井命(日本書紀なし、茨田連・手嶋連の祖)の名を挙げる。神武天皇42年1月3日に立太子。
父帝が崩御した3年後の11月、異母兄の手研耳命を誅殺。翌年の1月に即位して葛城高丘宮(かずらきのたかおかのみや)に都を移す。同年7月、事代主神の娘で天皇本人の叔母(母の妹)にあたる五十鈴依媛命を皇后として磯城津彦玉手看尊(後の安寧天皇)を得た。即位33年、崩御。
神武天皇76年3月11日に父帝が崩御した際、朝政の経験に長けていた庶兄の手研耳命は皇位に就くため弟の神八井耳命と神渟名川耳尊を害そうとした(タギシミミの反逆)。己卯年[注 1]11月、この陰謀を知った神八井耳・神渟名川耳兄弟は、神武天皇の山陵を築造し終えると、弓部稚彦に弓を、倭鍛部の天津真浦に鏃を、矢部に箭を作らせた。そして片丘(奈良県北葛城郡王寺町・香芝町・上牧町付近か[4])の大室に臥せっていた手研耳を襲い、これを討った。この際、神八井耳は手足が震えて矢を射ることができず、代わりに神渟名川耳が射て殺したという。神八井耳はこの失態を深く恥じたため、神渟名川耳が皇位に就き、神八井耳は天皇を助けて神祇を掌ることとなった[4][1]。即位後の事績は『日本書紀』・『古事記』とも無く欠史八代の1人に数えられる。南北朝時代の編とされる『神道集』によれば、綏靖天皇には食人の趣味があり朝夕に7人もの人々を食べて周囲を恐怖に陥れたため、人々は「近く火の雨が降る」との虚言を弄し天皇を岩屋に幽閉して難を逃れたという[13]。ペルシアの叙事詩シャー・ナーメに登場する暴君ザッハークとの共通性を指摘する説もある(大林太良 『神話の系譜 -日本神話の源流をさぐる-』 講談社、1991年[要ページ番号])
綏靖天皇 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年10月6日 (水) 02:01
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3代・安寧天皇の物語です。
この部分が、「まほろばチャンネル 第三代 安寧天皇」youtubeで観られます。
安寧天皇(あんねいてんのう、綏靖天皇5年 - 安寧天皇38年12月6日)は、日本の第3代天皇(在位:綏靖天皇33年7月15日 - 安寧天皇38年12月6日)。『日本書紀』での名は磯城津彦玉手看天皇。欠史八代の一人で、実在性については諸説ある。
神渟名川耳天皇(綏靖天皇)の皇子。母は事代主神の娘の五十鈴依媛命(『日本書紀』)。兄弟に関する記載は『日本書紀』『古事記』ともにない。父帝が崩御した年の7月に即位。即位2年1月、片塩浮孔宮(かたしおのうきあなのみや)に都を移す。即位3年2月、鴨王(事代主神の孫)の娘の渟名底仲媛命を皇后として息石耳命、大日本彦耜友尊(後の懿徳天皇)、磯城津彦命を得た。即位38年、崩御。
安寧天皇 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年8月27日 (金) 18:21
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この部分が、「まほろばチャンネル 第四代懿徳天皇から第六代孝安天皇をまとめました。」youtubeで観られます。
懿徳天皇(いとくてんのう、綏靖天皇29年 - 懿徳天皇34年9月8日)は、日本の第4代天皇(在位:懿徳天皇元年2月4日 - 懿徳天皇34年9月8日)。『日本書紀』での名は大日本彦耜友天皇。欠史八代の一人で、実在性については諸説ある。
磯城津彦玉手看天皇(安寧天皇)の第二皇子。母は鴨王(事代主神の孫)の娘の渟名底仲媛命(『日本書紀』)。兄弟として同母兄に息石耳命(または常津彦某兄)、同母弟に磯城津彦命がいる。父帝が崩御した翌々年の1月に即位。即位2年1月、軽之境岡宮(かるのさかいおかのみや)に都を移す。同年2月、息石耳命の娘の天豊津媛命を皇后として観松彦香殖稲尊(後の孝昭天皇)を得た。即位34年、崩御。
懿徳天皇 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年8月30日 (月) 19:19
孝昭天皇(こうしょうてんのう、懿徳天皇5年 - 孝昭天皇83年8月5日)は、日本の第5代天皇(在位:孝昭天皇元年1月9日 - 孝昭天皇83年8月5日)。『日本書紀』での名は観松彦香殖稲天皇。欠史八代の一人で、実在性については諸説ある。
大日本彦耜友天皇(懿徳天皇)の皇子。母は息石耳命の娘の天豊津媛命(『日本書紀』)。兄弟として、同母弟に武石彦奇友背命(多芸志比古命)がいる。父帝が崩御した翌々年の1月に即位。同年7月、掖上池心宮(わきがみのいけごころのみや)に都を移す。即位29年、尾張連祖の瀛津世襲の妹の世襲足媛を皇后として天足彦国押人命、日本足彦国押人尊(後の孝安天皇)を得た。即位83年、崩御。
孝昭天皇 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年8月27日 (金) 19:13
孝安天皇(こうあんてんのう、孝昭天皇49年 - 孝安天皇102年1月9日)は、日本の第6代天皇(在位:孝安天皇元年1月7日 - 孝安天皇102年1月9日)。『日本書紀』での名は日本足彦国押人天皇。欠史八代の一人で、実在性については諸説ある。
観松彦香殖稲天皇(孝昭天皇)の第二皇子。母は皇后で尾張連祖の瀛津世襲(奥津余曽)の妹の世襲足媛尊。同母兄に和珥臣祖の天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと、天押帯日子命)がいる。父帝が崩御した翌年の1月に即位。即位2年、室秋津島宮(むろのあきつしまのみや)に都を移す。先帝の都からさほど離れていない。即位26年、天足彦国押人命の娘の押媛を皇后として大日本根子彦太瓊尊(後の孝霊天皇)らを得た。即位102年、崩御。
孝安天皇 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年8月27日 (金) 19:10
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ここまでで関連のある神社は下記の通りです。
媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメ)関連の神社
(ヒメタタライスズヒメは、神武天皇の皇后で2代・綏靖天皇の母)橿原神宮奈良県橿原市久米町934
率川神社奈良県奈良市子守町18
東大谷日女命神社奈良県橿原市畝傍町字唐院69
狹井坐大神荒魂神社奈良県桜井市大字三輪狭井
美保神社 大后社に合祀の姫子社島根県松江市美保関町美保関
佐波々地祇神社茨城県北茨城市大津町1532
三嶋大社 境内 若宮神社静岡県三島市大宮町2-1-5
大神神社岐阜県大垣市上石津町宮字街道194-1
刀我石部神社兵庫県朝来市和田山町宮645
貴船神社 境内 鈴市社京都府京都市左京区鞍馬貴船町180※上記サイト様が参拝された神社を参考にさせて頂きました。
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玉櫛姫(タマクシヒメ)・玉依媛(タマヨリヒメ)関連の神社
初代皇后の媛蹈鞴五十鈴媛命や、三輪氏遠祖の櫛御方命、賀茂別雷神社祭神の賀茂別雷命などの母として知られる。鴨建角身命(八咫烏)の子であり、兄に鴨建玉依彦命(賀茂氏の祖)がいる[3]。「玉依媛」・「玉依彦」のように、ヒメとヒコの二者(この場合は兄妹)がペアで統治を行う体制はヒメヒコ制と呼ばれる。『山城国風土記』によれば、賀茂建角身命は丹波国神野の神伊賀古夜日売をめとり、玉依日子(賀茂県主の遠祖)と玉依日売の二子を生んだ。玉依日売が石河瀬見小川の辺に遊んでいた時、丹塗矢(火雷神の化身)が川上より流れ下ってきた。これを取り床の辺にさし置くと、玉依日売は妊娠して子を生んだ。この子は賀茂建角身命の名からとって賀茂別雷命と名付けたという。
賀茂建角身命および玉依日売は賀茂御祖神社の、賀茂別雷命は賀茂別雷神社の祭神である。この二社は賀茂神社と総称される。これに関連して、各地に賀茂神社・加茂神社が存在する。
玉櫛媛 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年8月24日 (火) 23:52
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溝咋神社(大阪府茨木市)
廣瀬神社静岡県伊豆の国市田京1-1
三島神社静岡県賀茂郡南伊豆町二條933-1
伊豆佐比賣神社宮城県宮城郡利府町菅谷飯土井字長者55
由豆佐賣神社山形県鶴岡市湯田川字岩清水86
狹井坐大神荒魂神社奈良県桜井市大字三輪狭井
率川神社奈良県奈良市子守町18
勝占神社徳島県徳島市勝占町中山26※上記サイト様が参拝された神社を参考にさせて頂きました。
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神八井耳命(カンヤイミミノミオト)を祀る主な神社
初代神武天皇の皇子で、一般に第2代綏靖天皇の同母兄とされるが、この系譜については異説もある。多臣(多氏)及びその同族の祖とされる。
相馬妙見宮大上川神社(北海道上川郡上川町北町) - 神八井耳命を祀った留辺志部神社[16]を合祀。
大井神社(茨城県笠間市大渕字輪台) ※式内社論社
多多神社(新潟県柏崎市曽地) ※式内社
船木社(天日陰比咩神社境内社)(石川県鹿島郡中能登町二宮甲)
健大岡神社(長野県長野市大岡甲)
健御名方富命彦神別神社(長野県長野市信州新町大字水内斉宮) ※式内社論社
山家神社(長野県上田市真田町長) ※式内社
大神社(愛知県一宮市大和町於保郷中) ※式内社
爾波神社(愛知県一宮市丹羽字宮浦) ※式内社
前利神社(愛知県丹羽郡扶桑町斎藤宮添) ※式内社
太神社(三重県四日市市大鐘町) ※式内社
耳常神社(三重県四日市市下之宮町) ※式内社 - 平安時代制作と推定される木像男神坐像が伝わる。
志貴県主神社(大阪府藤井寺市惣社) ※式内社
多坐弥志理都比古神社(奈良県磯城郡田原本町大字多字宮ノ内) ※式内社
嶋田神社(奈良県奈良市八島町) ※式内社
伊達神社(和歌山県和歌山市園部) ※式内社 - 中世に園部氏によって神八井耳命が併祀されたとされる。
佐々久神社(愛媛県西条市安用) ※式内社
笛田神社(熊本県熊本市南区御幸笛田)
男成神社(熊本県上益城郡山都町男成)
佐伊津神社(熊本県天草市佐伊津町)以下は、現在の祭神は神八井耳命ではないが、ゆかりがあるともされる神社である。
大井神社(茨城県水戸市飯富町) ※式内社論社 - 祭神は初代仲国造建借馬命であるが、その先祖である神八井耳命であったという説もある。
大生神社(茨城県潮来市大生) - 多神社から遷座したという説がある。
麻賀多神社奥宮(千葉県成田市船形) ※式内社 - 神八井耳命の裔で初代印波国造の伊都許利命を祀る境外社があり、その墳墓とされる古墳もある。
飽富神社(千葉県袖ケ浦市飯富) ※式内社 - 神八井耳命が創建したと伝承される。
長谷神社(長谷寺鎮守)(長野県長野市篠ノ井塩崎) ※式内社 - 祭神の「八聖大神」は神八井耳命の孫であると伝承される。
大縣神社(愛知県犬山市宮山) ※式内社 - 祭神の「大縣大神」は神八井耳命の孫で迩波縣君の祖の武恵賀前命であるという説がある。
意非多神社(三重県松阪市西黒部町) ※式内社 - 神八井耳命の後裔の多氏の人々が創建したとされる。
黒田神社(大阪府藤井寺市北條町) ※式内社 - 神八井耳命のかくし廟所であると伝承される。
八幡神社(八井神社)(奈良県橿原市山本町) - 神八井耳命の墓所であると伝承される。
伊予神社(愛媛県伊予郡松前町神崎) ※式内社論社 - 神八井耳命の裔で初代伊余国造の速後上命(速後神命)が祀られる。
健軍神社(熊本県熊本市東区健軍本町) - 神八井耳命の裔で初代火国造の健緒組命(健軍大神)が祀られる。
高千穂神社(宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井) - 祭神の「高知尾(明神)」は神八井耳命の別名であるという説がある。
槵觸神社(宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井) - 同上。
神八井耳命 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年10月6日 (水) 01:59
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日子八井命・関連の神社
『古事記』によると、初代神武天皇と、大物主神の娘の比売多多良伊須気余理比売命(ひめたたらいすけよりひめのみこと、媛蹈鞴五十鈴媛命)との間に生まれた皇子である[1]。同書では、同母弟として神八井耳命、神沼河耳命(第2代綏靖天皇)の名を挙げる。
堤根神社 - 河内国茨田郡の式内社。大阪府門真市内に論社2社あり、一方に命が祀られる。
草部吉見神社 - 熊本県阿蘇郡高森町。日子八井命を主祭神として祀る。
日子八井命 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年2月11日 (木) 07:51
他に
吾田神社(宮崎県日南市)祭神:吾平津媛命・手研耳命・天穂日命
つづく~
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★登場する場所や主な神社は、下記の地図にプロットしました。
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