Cさま
久しぶりに一人の夜で、差し迫ったタスクも無く、サスケの米騒動もひとまず鎮圧させたので、これを書いています。
喉が痛くて、なんだか頭もぼんやりと怠いんだけど帰りがけにコンビニで買った無添加ポテチと缶ビールが今夜の夕食。美味し。
数寄者のユートくんがね、ビルエバンスのドキュメンタリー映画を観てきたとのこと。キャッチコピーは「美と真実だけを追求し、他は忘れろ」だって。
ビルエバンスって、とってもリリカルなピアノを弾く人。
私は彼の「ワルツ・フォー・デビー」や「いつか王子様が」しか知らないけど、なんというか、フランス語で口説かれてるみたいな気持ちになってうっとりする。
最後はまぁ要するに薬物中毒で亡くなるんだけど、演奏はいつどんな時でもカンペキだったっていろんな人が証言している。天才ゆえのワガママさで、周りの人は大変だったみたいだけど、それもこれも「美と真実だけを追求」する生き様の代償なんだろうと私は思う。
ギフテッドとして生まれた者の宿命だよね。
ところで「芸術至上主義」という言葉があるよね。
高校のときに芥川の『地獄変』が教科書に載っていて、たしか解説に書かれていたか先生が説明したかで初めて知った言葉なんだけど、私は「実際に見たものしか描けない」と言って狂気的な横暴を正当化する絵師の物語には共感できず、芥川のこともずっとずっと嫌いだった。と言うか、好きにならないように努めてきた。
とどのつまり絵師も芥川も自殺しているしね。
「良心とは厳粛なる趣味である」(『侏儒の言葉』より)
芥川のこの言葉を読むと、学生時代につきあってたMくんを思い出す。
ものすごくナイーブな人で、私は彼の遠慮がちでフラジャイルな純真さが大好きだったのよね。『ジャンクリストフ』に出てくるオリヴィエみたいな人だった。
でもね、Mくんは東京で下宿するようになってアレやコレやに揉まれていくうちに、あるとき「感受性なんてヒマ人しか持つことができない」と吐き捨てるように言うようになってしまってショックだった。なんというか、逞しく成長するための通過儀礼だったんだろうけど、世慣れていくMくんを愛し続けることが私には出来なかった。
オリヴィエは純真過ぎて最愛の人に裏切られちゃうんだけど、私の場合は逆だったみたい。彼が私の友人のお姉さんと不倫したらしいことまでは知ってるけど、その後は一切音信不通になっちゃった。
きっと私の愛し方は彼にとって負担でしかなかったんだろうと思う。
「情熱」
そう言えば、
このところ愚痴っぽかった。
苦しくて、
情熱が、虚しさの下敷きになっていた。
人が 笑うのは、情熱があるからだ。
人が 走るのは、情熱があるからだ。
人が 愛を語るのは、情熱があるからだ。
人が 夢を抱くのは、情熱があるからだ。
人が 海を渡るのは、情熱があるからだ。
人が 山を超えるのは、情熱があるからだ。
そして
情熱のかぎり、人は旅をつづける。
私たちが 死よりも怖れていることは、
ある朝、情熱を失くした自分 と出会うこと。。
「頑張りましょう」と あなたが言った。
そんな言葉で、
命の糸は 紡がれてゆく。
と、ここまで書いてトイレに立った隙に、サスケが私のソファを占領して腹を出して真っ直ぐに伸びてる。一日中猫背にしてると、やっぱり猫でも飽きるのかな。
そう考えると、ビルエバンスも芥川もクリストフも猫背を貫く人生だった。恋人や親友を失い、自らを追い込んでまでも、美と真実だけを追求し、真っ直ぐに猫背を貫いた。
辛うじてクリストフだけは大往生する人生だったけど、まぁフィクションとは言え、酒やクスリに逃げない愚直さというか愚鈍さがあったからなんだろうなぁ。
今の時代は右を向いても左を向いても欲望を喚起するステマばかりだから、「他は忘れろ」という人生を生きようとするなら窓を閉ざして引きこもる以外に選択肢が見つからないよね。
むしろMくんが言ったように、感受性を捨て、情熱を封印し、美や真実になんて興味を示さず、忙しく愚痴をこぼし続けながら暮らす方が、ラクに楽しくのびのびと生きて行けるんだろうと思う。だから社会は「真面目な人」を消費するんだろうな。貴重希少な絶滅危惧種だものね。
Living is easy with eyes closed. (John Lennon)
あー、私は相変わらず安上がりな女だから缶ビール1本で眠くなってきちゃった。
またメールするね。おやすみ。