上のリンクにプラスして、誰かのTwitterとかFacebookの投稿のリンクを貼ろうかと思ったけど、流石に悪趣味がすぎるのでやめた。
簡単に言ってしまえば、不思議なフェイクニュースの紹介と、ファクトチェックは大事だという話である。
ただ別に、誰かが積極的に悪さをしているわけではないのだ。
政府は決定事項や行なった議論の要点についてをマスメディアに伝える。これは当然というか、そうしてくれた方が国民としては情報を拾いやすくなるので、ありがたいことだ。
マスメディアはそれを国民に伝える際に、国民が関心をむけてくれるように編集する。もちろん嘘を書くことは(基本的には)ない。これにはきっと二つの側面があって、一つはそもそも情報を発信したところで見てもらわないとお話にならないという点。もう一つは、商業的な側面として関心をなかなか持たれない・あるいは内容として「当たり前」「インパクトに欠ける」部分は切り取らないと利益にならないという点である。メディアは慈善事業ではないからだ。これもこの立場から見れば、至極当然であるはずだ。
国民はそのほとんどがマスメディアを通じて情報を得る(ツイッターなどもあるかもしれないが、結局ソースを辿るとマスメディアのアカウントとかニュースだったりする)。そして当然、自分に関係があってインパクトのある情報に真っ先に飛びつく、時に他の情報を無視してでも。
この構図から、偽物ではなくても、人々を惑わせるという意味でのフェイクニュースが出来上がる。情報それ自体は偽物ではないこともタチが悪いが、最悪なのはこのフェイクニュースに目的やそれを積極的に推し進める主体は存在せず、あくまでもある種の「当然」の積み重ねから出来上がった現象であることだと思う。
ここからは主観が強くなるのでだいぶ知能が落ちます。
このタイプのニュースについて、マスメディアを悪としたり、あるいはファクトチェック機能をSNSやメディアに期待するのは難しい。なぜなら、そもそもファクトである以上、期待されるのは「何を」ではなく、「どこまで伝えるのか」という匙加減の調整になるからで、これに客観性を持たせられる手法があるならぜひお伺いしてみたい。自分は続きを書こうとして「そもそもそんな手法がない」で思考が止まってしまった。
では国民がファクトチェックを怠ったのか?という問題だが、インパクトのあるニュースに惹かれるのはどうしようもないことだと自分は思っている。自分だって関心がある順にニュースを調べるし、それについてSNSで投稿することもあるだろう。そして、基本的にはマスメディア、というお墨付き、あるいは免罪符は大衆にはよく効く。
結局のところ、やっぱり誰かを責められる話ではないのだ。
ただ、だからこそ、自分たちのファクトチェックが大事になってくる。とりわけ、自分が情報を発信する立場に立つときは。少なくとも、上の例でマスクについて「他に配る場所があるだろう!」とか発信している人間は本当に信用ができなくなる。なぜなら、「高齢者施設、障害者施設、全国の小学校・中学校向けには布マスクを確保し、順次必要な枚数を配布して」いるというのは述べられているからだ。
(個人的には「発言者によっては」マスクを配るなら金を配れも同等の発言だとは思っている。なぜならどう考えても施策をコントロールする部署が違うし、使うリソースも実行部隊も「利用できる」システムも違うと考えられる以上、少なくとも並列で話していい話題では決してありえない。しかし、これは反論としては弱い。自分の意見はあくまでも想像の枠を出ないし、何より「効果」という側面ではマスクより現金の方が期待が大きいのはもちろんその通りだからだ。)
嘘を嘘であると見抜けない人は、、、という発言もあるが、残念ながら掲示板ではなく、個人を特定されるヒントがあるようなSNSにおいては、少なくともそれで誰かの信頼を失っていることくらいは理解すべきである。例えば自分にも、facebookの方がTwitterよりも発言に気をつけなければならない、逆にTwitterであれば何を言っても良いというバイアスが自身の内側にある。しかし、所詮これは主観にしかすぎない。どのような媒体であれ「外に向かって」発言しているのであれば、媒体の性質なんて考えるべきではない。発言内容のみを斟酌すべきだ。