ちょっと古い話題ですが、Twitterで「投げ銭」を商標登録するのはおかしい、という論調があったので、簡単に解説をしてみたいと思います。
記事にもありますが、ドワンゴが出願人で、「投げ銭」という商標が出願され、2020年5月18日に登録査定となり、2020年7月21日に商標登録されました。
上記ITmediaの記事には重大な欠陥があります。それは、登録商標の指定商品・役務が書かれていないということです(役務というのはサービスのことです)。登録商標というのは「何に使うか」を定めないといけないのです。逆に言えば、いくら登録商標であっても、登録の際に指定商品等として入れていなかった商品に対しては、原則的に権利を及ぼすことはできないということです。
わかりやすく言えば、有名な「ホッチキス」という登録商標がありますが、仮にホッチキスについて「文房具」という指定商品のみで権利をとっていたとします。ここで、有名なホッチキスという文房具の「くっつける」という効果に着目して、恋愛マッチングサービスという役務に「ホッチキス」という名前を付けて使った第三者が現れたと仮定します。いくらホッチキスの商標権者が「ホッチキスは我々の登録商標ですよ!」といっても、商標権の侵害(直接侵害)として使用をやめさせることはできません。なぜならそのような役務について権利をとっていなかったからです。
今回の「投げ銭」については、ドワンゴが指定した指定商品等は9類、38類、41類、42類という区分についてのみ権利が取られています。具体的に9類がなにか、というのはこちらの商標公報をみて確認するとよいでしょう。多岐にわたると思われるかもしれませんが、よくみるとかなり限定的といえます。
それでも、指定商品・役務の中には41類の「技芸・スポーツ又は知識の教授」等も入っていて、例えばライブ動画コンテンツで不特定多数の視聴者に対して演者が投げ銭を要求したり、逆に視聴者が投げ銭をしたり、プラットフォーマーが「投げ銭」というボタンを配置したりするのは登録商標の侵害になるのではないか、という心配をする人もいるかもしれません。
しかし、上述のような「投げ銭」という行為やサービス提供は、ドワンゴが登録商標を取得する前から普通に行われてきたことですから、その行為を何ら制限することはありません。そもそも、そのような行為は「商標の使用」にあたらないので、商標権の侵害にならないのです。
さて、そうすると「商標の使用ってなに?」ということになるわけですが、これはしっかり法律に定められています。商標法2条3項です。ちょっと長いですが以下にコピペします。
第二条
(中略)
3 この法律で標章について「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
一 商品又は商品の包装に標章を付する行為
二 商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
三 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物(譲渡し、又は貸し渡す物を含む。以下同じ。)に標章を付する行為
四 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物に標章を付したものを用いて役務を提供する行為
五 役務の提供の用に供する物(役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物を含む。以下同じ。)に標章を付したものを役務の提供のために展示する行為
六 役務の提供に当たりその提供を受ける者の当該役務の提供に係る物に標章を付する行為
七 電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法をいう。次号及び第二十六条第三項第三号において同じ。)により行う映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為
八 商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為
九 音の標章にあつては、前各号に掲げるもののほか、商品の譲渡若しくは引渡し又は役務の提供のために音の標章を発する行為
十 前各号に掲げるもののほか、政令で定める行為
さて、この「使用」の列挙を見る限り、ライブ動画サイトで投げ銭を要求したり投げ銭をしたりすることは、特に問題ないことがよくわかると思います。そういう「使用」の態様はこの法律に該当しないので、「商標の使用ではない」ということになるわけです。(つまり、自由に使っていいということ)
では、プラットフォーマーがライブ配信サイトの中に「投げ銭」という文字の入ったボタンを設置する行為はどうでしょうか。これは商標法2条3項の中でいうと、7号の「七 電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法をいう。次号及び第二十六条第三項第三号において同じ。)により行う映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為」に該当しそうな気もします。本当にそうでしょうか。
ある文字や記号(あわせて標章といいます)が商品や役務に付されていた場合、その標章が「商標として使われているものなのかどうか」は、商標機能論に帰結させることが従来の裁判例をみてきても明らかです。商標機能論というのは、商標の持つ機能を分類したものです。一般的に、商標には以下の機能があるとされます。
1.自他識別機能
2.出所表示機能
3.品質保証機能
4.広告宣伝機能
それぞれの機能の内容については、解説サイトがたくさんありますので、こちらでは割愛します。
商標には4つの機能があるのですが、この機能をひとつも満たさないものは、いくら登録商標と同じ表示であっても、それは「商標じゃない」という判断がされ、登録商標の侵害にはあたらない、ということになります。
では、ちょっと振り返って、「プラットフォーマーがライブ配信サイトの中に「投げ銭」という文字の入ったボタンを設置する行為」について考えてみると、この「投げ銭ボタン」が商標的な機能を発揮させるものなのか、ということを考えればよいということになります。ここは商標法26条に帰結するという考え方もありますが、今回の場合は、東京地裁昭和55年7月11日判決の「テレビまんが事件」を見てみると良さそうです。
この事件は、かるたの容器の蓋の表面に、大きく表示されされた「一休さん」の文字・内容をあらわす図形等とともに、「テレビまんが」の文字を表示する行為が、娯楽用具を指定商品とする「テレビマンガ」の文字商標の商標権を侵害するかが問題となったものです。
東京地裁は、前記表示は、かるたの内容が、テレビ漫画「一休さん」に由来するという商品内容を表示する行為にすぎず、自他商品識別標識としての機能を果たす態様としての使用とはいえないという理由で、商標権侵害を否定しました。
さて、上記テレビまんが事件の結果をあてはめてみます。ライブ配信サイトのサービスは、例えば「17Live」とか「Youtube Live」とかありますよね。17Liveを見てみると、「17Live」という名前は配信サービスの名前として、台湾のM17 Entertainment社が使っているものです。このサービスの中に投げ銭ボタンがあるからといって、「投げ銭といえばM17 Entertainment社」という連想はしないと思います。投げ銭ボタンは単に「投げ銭という行為ができるボタン」について「普通に表示しただけ」なので、商標としての使用とはいえないというわけです。
以上のことから、「投げ銭」という言葉を普通に使うこと、投げ銭ボタンを設置することは、現在普通に行われていることでもあって、ドワンゴの商標権侵害にはならないものです。ドワンゴとしても、商標権取得の目的は「害意のある第三者が本商標を取得して本商標の用語の使用を制限することを防止することならびに、今後本商標の用語を用いるにあたり第三者の商標登録の有無について調査費用等の負担が発生しないようにすること」と主張しており、そういう意図で商標権をとることは不思議なことではないと感じます(お金がたくさんあるなあ、という印象は持ちましたが)。
商標権の取得のニュースは、ことさらに「言葉狩り」のように報じられることが多く、「え、この言葉って使っちゃいけないの?」みたいに誤解されることがよくあります。学校教育で知的財産権を教えない弊害だと思いますが、特許法や商標法をはじめとする工業所有権法は現在の世の中に合わせて頻繁に改正を続けていますので、「これはおかしいな」「法律の抜け穴じゃね?」と思ったら、TwitterなどのSNSで弁理士などに質問をぶつけてみるのがいいと思います。もちろん私でもいいです。
この記事で商標法への誤解が解けると幸いです。
いいねを押してALISの「投げ銭」よろしくおねがいします(笑)。
では今日はこのへんで。